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第6回 浅草 BAR DORAS 中森保貴氏 第3章 旅はまさに一期一会。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

シマジ:中森バーマンの『旅するバーテンダー』を読んで驚いたのは、現地でじつによく酒を飲み、いろんなものを沢山食べるあなたの豪快さでしたね。しかもこんなにスリムな体型でいらっしゃる。

中森:旅はまさに一期一会ですから、その土地の美味いものを探して、地酒を飲むようにしているんです。

シマジ:それからアイラ島で少女のファーストキスを奪ったエピソードが面白かったですね。

中森:あれはまったく偶然の出来事だったんです。しかもいまから14、5年前のことでした。

立木:なになに、どういうことで少女の唇を奪ったの。

中森:たいした話ではないんですが、深夜、10人くらいの若い男女に囲まれましてね。モヒカンの少年に「GO! GO! 」と言われたんです。見ると広場の木陰に1人の少女が立っているではないですか。少年はその少女のそばに行けと言っているようなんです。恐る恐る近寄ると少女が「Cash me! 」と言うんですよ。わたしは少女が「あたしをお金で買って」と言っているものと勘違いして、「そんなつもりはまったくない」と言おうとしたところ先程の少年が近づいてきて説明するには、彼女は「Kiss me! 」と言っている。彼女だけがわれわれの仲間のなかで、まだファーストキスをしたことがないので、たまたま近くにいた東洋人にファーストキスの相手を頼むという話だと言うんです。

シマジ:すごく幸運な大役を引き受けることになったというわけですね。

中森:はい。それで少し離れた場所に移動して、少女の肩を抱き寄せて唇を合わせたら、若者たちが声をあげて拍手喝采してくれました。

シマジ:まさに、日本男児ここにありって感じのエピソードですね。

中森:翌日偶然その若者たちと会い、「今日帰るんだ」と言うと、ファーストキスをした少女がわたしに握手を求めてきたときには感動しましたね。いまでもそのときの少女の手の温もりがこころに残っています。歯に矯正装置を着けた、まだあどけなさの残る笑顔が印象的でした。

立木:そういう彼女もいまでは30歳近くなんだろうね。いま頃どうしているんだろうか。

シマジ:そこが人生の面白いところでしょう。中森さんにファーストキスを奪われたその彼女は、いま頃きっと幸せに暮らしていることでしょう。

中森:わたしもそう信じたいですね。

シマジ:中森さんがそのときの彼女の手の温もりをいまでも忘れないというのは、ロマンティックでいいですね。

中森:はじめは、深夜のことだし若者たちに絡まれるかと思って、それがこんな思い出深い夜になるとは想像できませんでした。

安藤:きっとそれはスコットランドの男一人旅の、ちょっとしたご褒美だったんでしょうね。

シマジ:そうですよ。それはご褒美だったんです。だって中森さんは、アイラ島の蒸留所で大変な思いをしたそうじゃないですか。アイラフェスティバルだけで売られる、1人1本限定の貴重なシングルモルトを買うために、2日も3日も行列のなかに並んだという。

中森:それもこれも、DORASにいらしてくださるお客さまのために何度も並んだんです。シマジさんもそうでしょうけど、珍しいシングルモルトをお客さまに飲んでもらいたいですからね。

シマジ:中森さんはスカイ島にも行かれていますよね。

中森:はい。6月初めの頃で、白夜の季節だったんですが、23時半頃パブから出て散歩していたら、ちょうどスカイブリッジの奥に夕陽が沈むカイルアキンの絶景を見ることができたんです。そのとき、念願のスカイ島についにやってきたんだ・・・としみじみと実感したことをいまでも忘れることができませんね。

シマジ:わたしもスカイ島には行きましたが、スコットランドのなかでもあの島はなにか特別な感じがしますね。蒸留所がタリスカーしかないのもいいですが、ポートリーの町は賑やかでありながら、タリスカー蒸留所のあるあたりは荒涼たる風景ですものね。

中森:まったくですね。わたしはタリスカー蒸留所の見学ツアーを申し込んで内部を見ましたが、いつも思うことは、素晴らしい蒸留所は、蒸留所内に漂う香りをかいだだけでも、その真価がわかるんですよね。蒸留所の現時点のよしあしを感じる基準の1つが、蒸留所内の香りだと思っています。

シマジ:なるほど、それは言えていますね。あの天使の分け前が漂う何とも言えない香りこそ、その蒸留所の個性であり、歴史を感じますよね。それにしても中森さんは趣味の広い方ですね。例えば、ヨーロッパの古城巡りなども積極的にやっているんですよね。

中森:はい。スカイ島に入る前にも古城「エイリアン・ドナン・キャッスル」に立ち寄りました。そこは13世紀初頭に建てられた城の廃墟を20年かけて修復したんだそうです。石造りの古城に入ると、まるで13世紀にタイムスリップしてしまったような錯覚に浸ることができました。そのときロワール地方の古城巡りの記憶が蘇ったんですが、古城というのはまさに、当時の人類の栄華の夢の跡という感じがして、わたしにはたまらないんです。

シマジ:それからポルトガルの海でサーフィンをしていることが書かれていましたね。中森さんはそこでサーフィンをするために、わざわざ海底の岩用のリーフブーツを持参して行ったんですよね。

中森:ポルトガルのリベイラ・デ・イルハルというのは、サーフィンの上級者用のポイントなんです。サーフボートとフルスーツを借りようとしたところ、はじめは店員がなかなか貸そうとしてくれなかったんですが、持参したリーフブーツを見せてみるとこちらの腕を納得したらしく、貸してくれました。「このあたりは波が高いし、岩が多いから危ないんだ。世界チャンピオンのケリー・スレーターも来るような、ハイレベルのポイントばかりだよ」と脅されましたけど。

安藤:中森さんはよく日やけしていますね。日本でもよくサーフィンはやっていらっしゃるんですか。

中森:はい。わたしは別名“浅草の黒豹”と呼ばれているくらいです。

シマジ:そんな中森さんから見て、ポルトガルのそのレベルが高いポイントは実際どうでしたか。

中森:ひんやりした海水のなか、パドルアウトしてパワーのある波を越えて、一目散に沖に出ました。波のサイズは人の肩から頭くらいありました。沖に出て岸のほうを見ると、崖に覆われていてとても神秘的な眺めでした。ちょうどそのとき、いい波がやってきたのですぐさまテイクアウトしました。きれいに割れる波に乗ると、ボルテージが上がってしまい、思わず、雄叫びが出てしまいました。

シマジ:お話を聞いているだけでこちらも気持ちよくなってきますね。中森さんが大きな波に乗って雄叫びを上げている光景が目に浮かぶようです。

中森:海から上がってくると、ホテルのチェックアウトの時間をとっくに過ぎて、13時になっていました。嬉しかったのは先程渋ってなかなかサーフボードを貸してくれなかった店員が、「また必ずおいで」と言ってくれたことです。彼はわたしのサーフィンの腕前を認めてくれたんでしょう。

シマジ:この中森さんのシュートボクシングのプロとして鍛えたボディをみれば、一目瞭然でしょう。

中森:不思議なことに、2、3日前から引いていた風邪が海に流れていったように、治ってしまったんですよ。

立木:それは大きな高い波の上のサーフィンで緊張して、風邪がどこかに吹っ飛んでしまったんじゃないの。

中森:そうかもしれませんね。はじめは風邪が悪化するかなとちょっと心配していたんですが、おかげさまで杞憂に終わりました。

シマジ:中森さんは男一人旅の冒険者でもありますね。ですから『旅するバーテンダー』は読んでいて痛快でした。

中森:ありがとうございます。じつは10月中に『旅するバーテンダー Ⅱ』が出版されます。よろしくお願いします。

シマジ:そうですか。それは面白そう、すぐ買って読みますよ。『旅するバーテンダー』には中森さんが自分で撮った写真も載せていますが、じつに上手いですね。

中森:いえいえ、立木先生の前でその話は勘弁してください。

新刊情報

神々にえこひいきされた男たち
(講談社+α文庫)

著: 島地勝彦
出版: 講談社
価格:1,058円(税込)

今回登場したお店

BAR DORAS
東京都台東区花川戸2-2-6
Tel: 03-3847-5661
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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