第2回 荒木町 Bar C-shell 牧浦侑氏 第3章 座右の銘「逆境こそチャンスあり」。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

今回資生堂からゲスト出演してくれた稲垣朱以吏(あいり)さんは、現在グローバルプレステージ事業本部に属しているが、大学では生物資源科学部でイルカの研究をしていたという。その話は後ほどたっぷり紹介するとして、彼女の座右の銘が振るっている。「逆境こそチャンス」だそうだ。言葉の感覚にも優れている。彼女にはほかにも4つの好きな言葉がある。
「人生は旅のようなもの」 だから自分の人生の行き先も、どのように行くかも自分の意志で決める。
「一期一会」 故に人との出会いを大切にしている。
「死ぬこと以外はかすり傷」 こう思っていると目の前の辛いこともちっぽけなものに思えてくる。
「ご縁」 人生には偶然と必然がある。基本的にすべて必然だと考えているので、出会った人とのご縁を大切にしていきたいと常に思っている。
資生堂のアイリーンに幸あれ。

シマジ:「ラスティ・ネイル」ってどんなカクテルだったっけ。

牧浦:これは古いカクテルで、ウイスキーとドランブイをミックスしたものです。最後にオレンジピールを絞りかける瞬間、その飛沫にライターで火をつけると、一瞬線香花火のような火花が見られます。空気中に飛んだオレンジの皮の油分に火がつくんです。

シマジ:稲垣さん、ドランブイというのはスコットランドで誕生したリキュールで、ゲール語で「満足の酒」という意味なんですよ。蜂蜜やハーブをブレンドしてあり甘いんです。

立木:ドランブイってハンフリー・ボガートがこよなく愛飲した飲み物だよね。難しいようだけど、「ラスティ・ネイル」のその閃光を撮影してみようか。牧浦、バーのなかをもっと暗くしてくれないか。それと消火器を用意したほうがいいんじゃないか。

牧浦:よくお客さまに消火器を用意しろと言われます。まあ一瞬の閃光ですから大丈夫ですが。ジョークとして消火器をカウンターの上に置いてやったことがありました。

稲垣:「ラスティ・ネイル」といいましたよね。

シマジ:はい、「錆びた釘」という意味です。

稲垣:初めて飲むカクテルなので愉しみです。

立木:じゃあ、牧浦、火をつけてくれ。

牧浦:かしこまりました。

稲垣:わっ、きれい。

立木:一瞬なんだ。難しいねえ。

シマジ:ミケランジェロ・タツキなら写せるでしょう。

立木:お嬢、飲んでいいですよ。

稲垣:ありがとうございます。わっ、美味しい。

シマジ:牧浦、おれにも一杯飲ませてくれる?

牧浦:はい、どうぞ。

シマジ:ちょっと甘いけど美味いね。この甘美なカクテルはハードボイルドが流行った時代のものなの?

牧浦:そうですね。あのころが全盛期でしょう。うちではいまでもよく出ますけど。

立木:この雰囲気で飲むには最高じゃないの。ハンフリー・ボガートの大きな写真も飾ってあるし、バーマンもどこかハードボイルドって感じがするじゃないの。

シマジ:たしかにここは時代が止まっているような気がするね。そうだ、資生堂からきてくれた稲垣アイリーンさんのお話も聞かなければいけませんでしたね。稲垣さんは大学でなにを専攻したんですか。

稲垣:はい、日本大学に入学して生物資源科学部海洋生物資源科学科で勉強しました。

シマジ:えっ?ずいぶん難しそうな学科名ですね。

稲垣:授業内容は「資源生産・利用科学」「環境科学」「生命科学」など、生物と水圏環境にまつわるものでした。実習もかなり特殊で、実習船に乗って大海原に繰り出したり、水族館でインターンがあったりと思い出深いものが多かったですね。なかでも実習船に乗っていたとき、とても感動する経験がありました。

シマジ:面白そうだ。続けてください。

稲垣:実習船で海上を走行していると、何億匹ものイワシの大群に遭遇したんです。船の周りが辺り一面イワシだらけで、パシャパシャと凄い音を立てながら泳いでいたんです。なんとも言えない感動を覚えると同時に、地球の7割を占める海のなかでこんなイワシの大群に遭遇する確率は天文学的数字だろうと思ったとき、鳥肌が立ったのを覚えています。と同時に食いしん坊のわたしは必死で網を探しました。これこそ入れ食い、取り放題、と思ったのですが、残念ながら長い網がなかったので、諦めてただただ眺めていただけでしたが。

立木:勇ましいお嬢だね。

シマジ:勉強ばかりしていたわけではないでしょう。

稲垣:はい、大学在学中はストリートダンスサークルに所属して、HIP HOPやHOUSEなどを踊っていました。1、2年生のうちに単位をほぼ取得していたので、3年生からは週に1回くらい授業を受けるだけで、あとはバイトに明け暮れていましたね。

シマジ:どんなバイトをしてたんですか。

稲垣:当時、ドコモがmovaからFOMAへ変わる時代だったため、そのキャンペーンのバイトを多くやりました。主にMCとお客さまへのご紹介と販売の仕事を担当していました。余談ですが、MCを経験したお陰で、いまでもマイクを持つと声が変わるんです。だからよく友人の結婚式の司会を頼まれます。

シマジ:牧浦、ここにはマイクはないのか。

牧浦:うちにはカラオケはありませんのでマイクはありませんが。

シマジ:いやいや、稲垣さんのウグイス嬢ぶりを聞きたかったんだ。大学の卒論はあったんでしょう?

稲垣:ありました。わたしの卒論のテーマは「バンドウイルカにおける糞中プロゲステロン測定法の改良」といいます。

シマジ:なになに、バンドウイルカのフンを研究していたんですか。

稲垣:はい、水族館のイルカから採取したフンを冷凍保存して実験のたびに解凍し、妊娠すると多く分泌されるプロゲステロンというホルモンの値を測定し、測定方法を改良する作業を毎日行なっていました。研究室ではイルカのフンがわたしのお友達でした。

立木:お嬢の実験の目的はなんなの。

稲垣:それは水族館にいるイルカの妊娠が少しでも早くわかるようにするためです。

立木:なるほど。妊娠したイルカは別の水槽に移したりするんだね。

稲垣:そうなんです。妊娠したイルカは混泳や、様々な要因によるストレスで出産が上手くいかないことがあるために、早めに環境を良くしてあげるのが望ましいことなんです。ですからフンを調べてイルカの妊娠を早期発見することは、より安全な環境を与え、無事に出産をさせることに通じるわけです。

シマジ:今日は大変勉強になりました。フンでイルカが妊娠したことがわかるなんていままで知りませんでした。

稲垣:イルカは妊娠するとプロゲステロンの濃度が高くなりますが、血中から採取するとイルカにストレスがかかるので、フン中に含まれるプロゲステロンの量を測っていたわけです。でももう10年も前の話なので、今はもっと高度な方法が生まれているかもしれないですが。

牧浦:稲垣さんはまたどうしてイルカのフンの研究を選んだんですか。

シマジ:牧浦、鋭い質問だね。

稲垣:本当は、イルカやクジラの集団座礁の研究をしたかったんですが、日本ではイルカやクジラが浜に打ち上げられて座礁する例が少ないので、いつその機会に上手く遭遇するか読めないことと、もし座礁してもすぐに駆けつけないと取りたいサンプルが採取できないこと、等々から物理的に難しいと判断した結果、教授と相談してフンの研究に踏み切ったのです。

シマジ:はじめのアイデアにフン詰まってフンそのものを卒論にしたんですか。

稲垣:卒論が通り、研究に使用したイルカのフンの何百個というサンプルを破棄しようとして一気に解凍した結果、鼻がひん曲がりそうな悪臭に襲われて気絶しそうになりました。少しずつ破棄しなかったことを後悔しています。

シマジ:稲垣さんは素晴らしい大学生活を送ったんですね。では最後に乾杯しましょうか。

牧浦:リモンチェッロはどうですか。うちのは自家製ですから是非飲んでみてください。

シマジ:よしそれでイルカのフンのニオイを消そうか。

立木:それがいいね。

稲垣:ニオイましたか。

立木:いやいや、お嬢がとっても話上手なんです。

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