第12回赤坂 レストラン カナユニ 武居永治氏 第4章 カナユニの灯は心のなかで永遠に灯り続ける。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

カナユニのオーナー、横田宏は若いころからハイカラな人であった。オープン当初から、その当時東京ではほとんど知られていなかった「キール」というカクテルを常時出していた。これは第二次世界大戦のあと、白ワインで有名なブルゴーニュ地方ディジョン市のフェリックス・キールという市長によって考案されたものである。ブルゴーニュ地方特産のカシスのリキュール、クレーム・ド・カシスを、同じくブルゴーニュ地方特産の白ワイン、アリゴテで割ったカクテルである。この考案がどれほど地元の経済を潤したことか。そのころは白ワインがまったく売れなかったのだが、キール市長はこのカクテルを普及させることで、地元のワインの販促を図ることに成功したのである。やがてサガンの小説『一年ののち』に登場するなど、キールはヨーロッパにおいて1960年代には広く知られるカクテルとなっていた。
白ワインで割ると「キール」、シャンパンで割ると「キール・ロワイヤル」、木イチゴのフランボワーズ・リキュールで割ると「キール・インペリアル」と呼ばれた。これは食前酒として人気があったが、いまではあまり飲まれなくなった。わたしは敢えてこれを注文し、いにしえの「カナユニ」を懐かしんだ。

シマジ:武居、キールを1杯作ってくれないか。

立木:キールとはまた懐かしいカクテルだね。一時流行ったね。じゃあ武居、おれにも1杯お願い。

二宮:わたしもお願いしていいでしょうか。

武居:1杯作るのも3杯作るのもバーマンにとっては一緒ですから構いません。では二宮さんにはシャンパンで割ってキール・ロワイヤルにしましょうか。

シマジ:女性に甘いのは武居らしくていいね。

武居:キールはカナユニがオープンする以前、オーナーの横田がヨーロッパ旅行に出かけ、仕入れてきた食前酒のカクテルです。いまから50年以上前のヨーロッパ全土で大流行したらしいですね。日本で火を点けたのはまちがいなくカナユニが最初だと思いますね。はい、二宮さん、どうぞ。

二宮:いただきます。わあ、美味しい!

立木:それにしてもここのカウンターは年代物だよね。

武居:先日一級建築士の方がやってきてこのカウンターを撫でながら「これはいまでは1千万円かけても作れないですね。この細かい木組みが凄い。またこのカウンターにはいい気が染み込んでいます」と言っていました。わたしは「いい気が染み込んでいます」というところに感動してしまいました。

シマジ:その建築士は編集者になっても成功していただろうね。なかなかのレトリックだ。ここではじめてデートしたカップルが濃密な恋に落ちた話はゴマンとあるだろう。武居はたった1人の目撃者だが、お前は拷問されても一言も言わないだろう。そこが一流のバーマンたるところだね。

武居:いやいや、師匠、そんなに褒めないでくださいよ。口が堅いのはバーマンの鉄則です。

立木:シマジも伊勢丹のバーマンとして口は堅くしろよ。

シマジ:サロン・ド・シマジはシガーバーということもあって、どこかホモソーシャルというのか、女性は数えるほどしか来ませんから秘密もなにもありません。そういえばここは、レストランだというのに開店当時から禁煙コーナーさえ作らなかったのは偉いね。

武居:師匠、美味しい酒や食事のあとの一服に勝る悦楽がほかにありますか。

シマジ:まったくその通りだよね。ここにはシガーサービスもある。まさしく大人のレストランだね。もうパリでもロンドンでも一流のレストランでも禁煙になっているというのに大したものだ。ところで、二宮さん、いま上野西洋美術館で催されている「カラヴァッジョ展」はご覧になりましたか。

二宮:いいえ、まだ観に行ってません。

シマジ:あれはご覧になったほうがいいですよ。

武居:カラヴァッジョってルネッサンスのあとに現れた大天才の画家ですよね。わたしも行きたいですね。ちょうどカナユニも3月26日で閉店しますから、暇になったら観に行きます。シマジ師匠が大好きな画家ですよね。いつまでやっているんですか。

シマジ:たしか6月ごろまでやっているはずだよ。わたしはカラヴァッジョの絵が大好きで、わざわざ本物の巨大な絵画を観にマルタ島まで行ったくらいです。マルタの首都ヴァレッタのサンジョヴァンニ大聖堂の飾られている「洗礼者聖ヨハネの斬首」はカラヴァッジョの傑作中の傑作です。しかも彼の巨大な作品群のなかでもとくに大きいんです。

二宮:その絵も日本にきているのですか。

シマジ:残念ながらあまりにも大きくて運び出すことが不可能なんですよ。ですからいまきているのは小品が多いんですが。でも絵画は写真で観るより本物を鑑賞したほうが100倍感動しますよ。わたしはこれから3回は観に行くつもりです。

立木:外国のいろんな美術館でカラヴァッジョは観てきたが、おれも行きたい。シマジ、おれを迎えにきてくれるか。

シマジ:喜んでご一緒しましょう。いま展示会場にはカラヴァッジョが38歳で亡くなったあと、信奉者の画家たちがカラヴァッジョを真似て描いた作品が沢山ありますが、そういう画家たちは「カラヴァゼスキ」といわれているんですが、師匠と信奉者のその差は歴然としています。

二宮:いいお話を聞けました。わたしも必ず行ってみます。あっ、武居さんのお肌のチョックを忘れていました。これからやらせてください。ただいま準備いたします。

武居:うーん、わたしは遠慮しておこうかな。

シマジ:武居、これをやるとSHISEIDO MENのセットがもらえるんだ。やったほうがいいよ。

二宮:武居さんの生まれた年は何年ですか。

武居:昭和でいったほうがいいですか。西暦がいいですか。

二宮:西暦でお願いします。

武居:1951年です。

二宮:ではお顔をちょっとこちらに出してください。はい、そうです。結果が出ました。Dでした。

武居:Dはいいんですか。

二宮:いいほうですよ。たいていの方はEですから。

シマジ:惜しかったね。Aを獲得したら福原名誉会長と食事が出来るご褒美があるんだが、残念でした。

武居:いままで最高得点はなんだったんですか。

シマジ:Bが結構いたよ。

二宮:いまは季節柄お肌が乾燥していますから、いい得点はなかなか出にくいんです。明日からでいいですから、本日謝礼としてお渡しするSHISEIDO MENを使っていただければ、武居さんのお肌の状態はもっとよくなります。

シマジ:それにしても武居、カナユニの灯が消えてしまうのは本当に寂しいね。

武居:お陰さまで明日3月26日をもって閉店とさせていただきます。シマジさんは多くの常連の方たちのなかでもベスト3に入る常連でしょう。

シマジ:これまでの50年に12カ月を掛けるとトータルで600ヶ月。掛ける25日として約15000日、カナユニは営業してきたことになる。そのうち少なく見積もっても2000回以上、おれは通ったことになるんだ。安く見積もって一晩2万円としても、4000万円は使ったことになるんだね。いつだったか鉄人料理人、道場六三郎さんに聞いたことがあるんだが、レストランやバーや割烹で40年以上営業を続けている割合は全体の0.01%だと言っていた。その伝でいくと、カナユニはやはり稀有なレストランということになるね。

武居:そうですね。ある常連さんなどは、代替わりして息子さんが店に通い、さらにそのお孫さんまでもが来てくださっていましたからね。50年の長きにわたり皆さんに愛されて、本当に有り難いことです。

<次回 Part4 第1回第1章 4月1日更新>

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今回登場したお店

レストラン カナユニ

東京都港区元赤坂1-1
中井ビルB1F
Tel: 03-3404-4776
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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