今回お話を聞かせてくれたのは、カバン職人になって約30年という、根津さん(写真左)。彼に、なぜ職人を志したのかを尋ねると、「ごまかしのある仕事ではなく、実直に、ものづくりをして暮らしていきたかった」と教えてくれた。『ヘルツ』の社長であり、職人でもある近藤さん(写真右)もまた、「大量生産すれば儲かるだろうけど、それでは面白みがなくなる」と語る。
そんなカバンづくりに対する静かで温かな思いは、工房の作業工程にも現れている。『ヘルツ』のカバンづくりは、流れ作業ではなく、ひとりの職人が、ひとつのカバンをつくり上げる全工程を担当するスタイル。そのため、熟練した根津さんでさえ、一日で仕上げられるのは、1~5個。効率はよくないが、その分、制作したカバンへの思いや、個々の作業への責任感は大きなものになるとか。完成したカバンから、どこか優しさや誠実さを感じられるのは、彼らの愛と、細やかな技術が込められているからといえそうだ。
革の風合い、伸びる方向など見極めながら、裁断を行う。細かなパーツは、専用の型を使ってカットしていく。切り終えた革は、断面部分(コバ)に染料を入れながら、角をつぶし、整える。
ブランドロゴを押す。職人は、ここまでの工程で、革のコンディションを見極め、後の工程をどう進めていくかを考えるという。ときには、革に合わせてつくり方を変えることも。異なる革を使っていても、同じ品質のカバンをつくり出すための匠の技だ
まず、縫い合わせたり、折り曲げる箇所の革の裏側を薄く漉き、扱いやすくする。その後、パーツ同士をのりづけしていく。丈夫なカバンに仕上げるため、漉きを必要最小限に留めているのが、『ヘルツ』の特長。
太めの針と糸を使用し、堅牢なカバンへと縫い上げていく。縫い目のピッチをなるべく大きくすることも、カバンの強度を保つための工夫だ。ピッチは職人ごとにわずかな差があり、その10分の1ミリほどの差や、縫い返しの目数を見るだけで、職人たちは、工房内の誰がつくったものかわかるという。
仕上げの作業では、カバンの内側から不要な仮どめをはがし、画像のようにコバを磨いて染料をしみ込ませる。ここで、革の上を覆う顔料ではなく、革にしみ込む染料を用いることがポイント。顔料を使うと、その部分がボロボロと崩れやすくなり、カバンの耐久性が落ちてしまうとか。すべての工程に、「長く愛し続けられるカバン」のための技巧が凝らされている。