第9回 一関アビエント マスター 松本一晃氏 第3章 時計を逆回りにするシマジの想いとは。

<店主前曰>

一関のオーセンティックバー、アビエントのバーマン、松本一晃は美味いものを食べることの大好きな人間である。そこがわたしとマツモトの気が合うところだ。マツモトの舌は子供のときから研ぎ澄まされている。たしかに人間は急に成金になって美味いものを食べようとしても、舌が鈍く食の道を極めることは難しい。舌の感性は4,5歳までに決まるのではないだろうか。その点マツモトは恵まれていた。実家が一関で<旅苑 松本>を営んでいる関係上、子供のときから美味いものを食べている。しかもいまでもマツモトの“冒険する舌”は、一関周辺の美味いものを求めてどこへでも行くのである。

シマジ 岡元さん、一関は山と海が近くにありますから、食べ物は新鮮で美味いところです。これから夕方みんなで行く「富澤」は魚屋の奥が料理店になっているんです。だから店頭に並んでいる魚を選んでそれを料理してくれるわけです。わたしは昨夜も行きましてみなさんのために“毒味”をしてきました。あるじと相談した結果、今年はまだ海水の温度が高く北海道に居座っているサンマが丸々脂がのってイケそうです。

岡元 そうですか。三陸の海の温度が高いからサンマが北海道から南下してこないとニュースでいっていましたね。

マツモト 海水の温度が1度高いということは、地上でいうと10度くらい高いようにサンマたちには感じられるそうですよ。

立木 マツモト、ずいぶんサンマに詳しいじゃないの。

マツモト 昨日いらっしゃったお客さまから聞いたばかりです。

立木 マツモトは謙虚でいいね。シマジみたいに「バーのカウンターは人生の勉強机である」なんていってさ、教授ぶって酒を売っているのとは、だいぶ違うね。マツモト、そこのカウンターにあるサロン・ド・シマジというラベルのウイスキーを一杯ストレートで飲ませてくれる?

マツモト わたしは構いませんがシマジさんがストレートではダメだといいますよ。

シマジ タッチャン、お願い、加水して飲んでよ。先生にはもっとこれからも一緒に働いてもらいたいから。食道癌にはなってもらいたくないんだ。

立木 わかった。じゃあ自分で加水するから別々にくれる?

マツモト どうぞ、ボトルごと置きますからお好きなだけお飲みください。

立木 シマジ、どうしてドクロが葉巻を吸っている絵がラベルに描かれてあるんだ。

シマジ よくぞ訊いてくれました。これはおれの、死んでも葉巻を吸いたいという願望なんだ。誰でも遅かれ早かれドクロになってしまうんだよ。そうだ、ほかのみなさんも飲んでください。ここのカクテルはお勧めです。震災で亡くなった方たちを追悼して、これから頑張ろうというイメージでマツモトが考案した「花火」を飲んでください。今日はダイラクがいないから、代わってわたしのおごりにしましょう。

コマツバラ いいんですか。ぼくもサロン・ド・シマジを一杯飲みたいですね。

シマジ どうぞ、どうぞ。加水して飲んでよ。

コマツバラ ではいつもシマジさんがやっているようにシェーカーで半々で振ってもらえませんか。

マツモト わかりました。

立木 なるほど、これはイケル味だわな。シマジ、これを開高さんに飲ませたかったろうなあ。

シマジ 開高さんならきっと有無をいわさずストレートで飲んだだろうね。昭和一桁の男たちはみんなストレートで飲んでいたからね。タッチャンは限りなく昭和一桁に近いから、ストレートで飲みたくなる気持ちはわからないでもないけど。

立木 たしかに加水すると香りが華やいでくるね。

コマツバラ うん、これは上品な味です。イチローズモルトの傑作ですね。penでみましたが、そろそろサロン・ド・シマジのセカンドリリースが発売されるんですよね。そのボトルにもドクロのマークがついていましたね。

シマジ そうです。ドクロはサロン・ド・シマジのアイコンなんです。そのセカンドリリースのために、わざわざおれがスコットランドのグレンファークラス蒸留所まで行って5万樽のなかから1樽選んできたんだよ。

コマツバラ その蒸留所のオーナーにシマジさんはえらくえこひいきされたそうじゃないですか。

シマジ よくぞ訊いてくれた。まさにこれぞえこひいきの倍返しだった。

マツモト わたしの店も3本予約注文を入れています。

立木 シマジ、おれの分はあるんだろうな。

シマジ ご心配無用。タッチャンの分はお歳暮としておれから贈らせていただくことになっている。

立木 そうか、ありがとう。正月ゆっくり味わうよ。

シマジ お願いだからストレートで飲まないでよ。

マツモト 今度リリースされるグレンファークラス32年はポートマチュアードだそうですね。グレンファークラスとしては珍しいボトリングですね。あそこはほとんどシェリーカスクですよね。

シマジ そうなんだ。オーナーのジョン・グラントによれば、32年前、気まぐれにポートワインの樽で仕込んだそうだ。普通ポートパイプは硫黄の匂いがするとよくいわれているけど、これはまったくしなかった。だからおれは自信を持ってボトリングしてもらったんだよ。

コマツバラ ぼくも伊勢丹のサロン・ド・シマジでその1本を買いましょう。

シマジ ありがとう。

立木 シマジは大変だね。原稿を書いたり、伊勢丹のサロン・ド・シマジでSHISEIDO MENを売ったり、シングルモルトを売ったり、エッセイを書いたり、バーマンをしたり、商人をしたり、、、、

シマジ 美しいよいものをおれは誇りを持って売っているのです。そしていまの肩書きはエッセイスト&バーマンです。この肩書きは自分としては気に入っているんだ。

マツモト 一度伊勢丹新宿店のサロン・ド・シマジのバーに行きましたが、あの熱気はタダゴトではないですね。

シマジ あれこそ文化的な熱気なんだ。

岡元 そのうちわたしも行かせていただきます。女性1人で行っても大丈夫ですか。

シマジ よく女性のお客さまが1人でいらっしゃいますよ。驚くべきことに地方からもきてくれています。まあ男性のお客さまが多いですけど。

コマツバラ 土日の午後1時から8時までに行けば生シマジに会えるんですから愉しいですよね。

シマジ あっ、いたいた、なんていって愉快に入ってこられる方や、緊張して入ってこられる方やさまざまですが、物書きにとってじかに読者に会えるというのは貴重な体験ですよ。

岡元 面白そうですね。

シマジ オープンしたころおたくの福原名誉会長もきてくれました。

立木 それはシマジが心配だったからじゃないの。武士の商法で失敗するかもしれないと心配していたから福原さんはみに行ったんだよ。

コマツバラ その心配はありません。いつも満員で大盛況ですよ。

シマジ おかげさまでうれしい限りです。あの小さな空間にごきげんないい気が漂っているとよくいわれます。わたし自身元気になり、バーの営業を終えたら仕事場に戻って原稿を1本書いたりするときがありますね。

立木 あのバーに架かっている時計が逆回りなのはどうしてなんだ。

シマジ 犀利な質問です。理由はあの空間で時を過ごす人たちみんなにどんどん若くなってもらいたいので時計を逆回りにしているんです。だからみなさん気持ちが明るくなり、若くなってお帰りになるんです。ニューパワースポットといわれています。

岡元 ホントですか。すぐ行きます。

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資生堂ビューティートップスペシャリスト

岡元美也子

98年より5年間、ニューヨークに駐在。NYやパリコレクションでは、多くのメゾンでメークチーフを務めデザイナーから厚い信頼を得ている。モードの最先端で培ってきたファッションとビューティーのセンスは、多くの女優・タレントからの評価も高く、彼女のファンは多い。

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今回登場したお店

アビエント
岩手県一関市大手町7-41 1F
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