第9回 一関アビエント マスター 松本一晃氏 第3章 時計を逆回りにするシマジの想いとは。

<店主前曰>

マツモトの“冒険する舌”は珍味をみつけると必ずわたしを誘ってくれる。この間もマツモトの案内で熊蕎麦を食べに行った。岩手と宮城の県境にある「狩人」という店だ。そこのオヤジさんがハンターで月の輪熊を撃つらしい。熊肉が大好きなわたしはマツモトと一緒に熊蕎麦を何度も食べた。普通熊肉は野性味が強いので味噌鍋にして食べることが多いのだが、ここの熊肉はおそらく下処理がうまいのであろう。野趣に富んでいながらくさみはほとんどなく、じつに美味かった。わたしは一関に行くたびにこの熊蕎麦を食べているくらいだ。1年中あるのが有り難い。「狩人」のキノコ蕎麦も絶品だ。天然のマイタケはえもいわれぬ香りを放っていた。

立木 富澤のサンマも美味そうだけど、たしかシマジは熊蕎麦が食べられるといってなかったか。

シマジ いったよ。でもそれには今回は人数が多すぎる。それにちょっと遠いんだ。今度タッチャンと2人できたとき必ず案内するから、今日はサンマを食べてください。

立木 絶対だぞ。

シマジ 男の約束だ。

立木 明日の昼食は何を食べさせてくれるんだ。

マツモト うちの実家でマツタケの土瓶蒸しが食べられるはずです。

シマジ 岩手のマツタケも捨てたものではないんだよ。もちろん丹波のマツタケには及ばないけど。

立木 今年の丹波もんは10月が暑かったせいで全滅だったらしいね。いつも沢山獲れるマツタケ山でも2本だけしか収穫されなかったという話を聞いたけど。

岡元 えっ、明日、マツタケが食べられるんですか。ダイラクさんにはお気の毒ですけどとってもうれしいです。

シマジ マツモトの実家は<旅苑 松本>といって立派な会席料理も出してくれるんです。

マツモト 田舎ですから量も多く出ると思いますので、ベリーノホテルの朝食は控えめにしておいたほうがいいですよ。でもあそこのバイキングも美味いですからね。そうだ。サイトウ社長のお父上とシマジさんは一関一高の先輩後輩の仲でしたよね。

シマジ そう、サイトウ・ケンのオヤジはおれの一級上の先輩で、応援団長をしていた面倒見がいい男だったんだが、若くして亡くなられたんだ。でもサイトウはオヤジそっくりな顔と体型をしている。サイトウに会った瞬間、サイトウ先輩だと思って懐かしさがこみ上げてきた。凄くおれのことを可愛がってくれた先輩だった。まだサイトウ先輩が元気なころ東京からゴルフ仲間を連れてきて、サイトウ先輩が経営していたサンルートによく泊めてもらった。

立木 シマジのことだからまたタダで泊めてもらったんじゃないのか。

シマジ タッチャンはどうもおれを見透かしすぎるね。その通りだったけど、でも少しは払ったような気がする。

マツモト いいではないですか。一関人はおもてなしのこころに満ちていますから。ところで夕食後はベイシーに行くんでしょうか。

シマジ 当然だろう。いまかいまかとショウちゃんがタッチャンを待っている。岡元さん、今夜行くベイシーは日本一のジャズ喫茶です。目をつぶって聴いていると、まるでナマのジャズを聴いているみたいです。「ショウちゃん」とわたしがなれなれしく呼んでいる男こそ菅原正二というベイシーのマスターで、彼は一関が誇るジャズ・アーティストでもある。またジャズの評論家として朝日新聞に連載もしている。タッチャン、一関一高でショウちゃんがおれの1年後輩なんだよ。

立木 おれはシマジのほうが後輩だとずっと思っていたよ。菅原正二のほうが立派だものな。

シマジ 岡元さん、ジャズ好きなタッチャンはわざわざ東京からベイシーにジャズを聴きにくるんですよ。

岡元 わたしもベイシーという名前は聞いたことがあります。

コマツバラ 明日は資生堂からは東北支社の美容統括部長の松田が仙台から駆けつけて参ります。

立木 そうか。一泊2日で2本仕事をさせる気なんだな。

シマジ その通り。おれがショウちゃんに話を聞きたいんだよ。

立木 菅原正二にも肌測定をさせるのか。彼ももう70は過ぎているだろう。シマジ、可哀相じゃないか。

シマジ おれの一つ下だから71歳だが、ショウちゃんはむしろそういうことを面白がる男だよ。

岡元 カウンターに置いてあるこの大きなボトルは何ですか?ジャックダニエルと書いていますが。

マツモト これはシマジさんからいただいたお宝です。シマジさんが若いときジャックダニエルの聖地といわれるテネシー州のリンチバーグ村にある蒸留所に取材に行って手に入れてきたものです。

立木 どうせシマジが口からでまかせをいってジャックダニエルからせしめてきたもんだろう。でもなかなか立派な古いボトルだね。

シマジ タッチャンにまた見透かされているね。じつはそうなんだが、ジャックダニエルの広報部長がおれに「ジャックダニエルをどれほど好きなんだ」と訊いてきたんで、「おれは毎朝シャワーを浴びたあとオーデコロン代わりにジャックダニエルを塗り、ヒゲ剃りあともアストリンゼン代わりジャックダニエルをつけているんだ」と脅してやったら、驚いてこの古い貴重なボトルをくれたんだ。

立木 そのころはまだSHISEIDO MENはなかったからよかったね。もしいまならそんなタンカは切れないぞ。

シマジ まったくだね。実際はそのころ資生堂のタクティクスを使っていたんだがね。

岡元 北海道はよく熊が出ますが、熊は出会い頭が危ないといわれています。でもシマジさんは出会い頭で相手を驚かせこころを掴んで気持ちよくさせる技にたけていますね。

立木 岡元さん、よくいってくれた。その通りだよ。そういえばおれもはじめてシマジにあったとき、出会い頭にシマジの一撃を食らったような気がする。でもあまりにむかしのことなのでよく思い出せないのが残念だ。

マツモト アカの他人の七光りはそうして生まれてきたんですかね。

シマジ マツモト、お前まで調子に乗るんじゃない。

マツモト このジャックダニエルのアンティークのボトルのお蔭でジャックダニエルがよく売れています。

岡元 中身は新しいジャックダニエルを入れているんでしょう。

シマジ 当然です。中身がまだあったらわたしが飲んでいますよ。空瓶をもらってきたんです。

立木 でも酒は雰囲気で飲むからオールドボトルに入れただけで味が違ってくるような気になるんじゃないの。

マツモト そんな感じでしょう。

立木 マツモト、このジャックダニエルの大瓶に普通のボトルで何本入るんだ。

マツモト 一杯に入れようと思ったら3本は軽く入るでしょうが、わざと2本だけにしています。

立木 なるほど、少ないほうが中身も古くみえるかもね。マツモト、やるじゃないか。

マツモト いやいや、これはシマジさんに教わったことです。

立木 やっぱりシマジのしかけか。シマジは悪知恵に関しては天才だからな。何せ今東光大僧正直伝の腕前だからね。銀座の一流料理店で傘をだまし取った話は有名なんだよ。

シマジ あれは大僧正の悪知恵ですよ。

立木 いやシマジ、お前は立派な大僧正の共犯者だよ。マツモト、お前もシマジの共犯者だ。

マツモト はい、わたしはシマジさんの共犯者になれるのでしたら本望です。喜んでなります。

立木 どいつもこいつも困ったもんだ。

岡元 男の人って面白いですね。メーキャップばかりではなくもっと男性を研究すべきでした。

シマジ 岡元さん、いまからでも遅くはありませんよ。

立木 岡元さん、シマジには十分間隔を取って注意してください。こいつはよく寝たふりをしていますから気をつけたほうがいいですよ。

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資生堂ビューティートップスペシャリスト

岡元美也子

98年より5年間、ニューヨークに駐在。NYやパリコレクションでは、多くのメゾンでメークチーフを務めデザイナーから厚い信頼を得ている。モードの最先端で培ってきたファッションとビューティーのセンスは、多くの女優・タレントからの評価も高く、彼女のファンは多い。

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