第10回 一関 ベイシー オーナー 菅原正二 第4章 「カウント・ベイシーとの一世一代のじかあたり。」

撮影:立木義浩

<店主前曰>

伊勢丹新宿店のサロン・ド・シマジには見知らぬ妙齢の女性がよく一人でやってくる。なかにはシングルモルトを飲み葉巻を吸う女性もいる。まあ、たいがいミツハシとやっている「乗り移り人生相談」の熱狂的なファンである。だから小さな声で「○○○回の相談者です」とわたしに囁く女性もいる。うれしいことにその後、わたしの著作を読み漁り精神的に淫してくれている女性もなかにはいる。先日、驚愕したことがあった。カウンターの正面に陣取ったフルボディのその女性が両手をわたしのほうに前へ前へと出してくる。両手の人差し指と中指と薬指をみるとKSBと一個ずつ爪にマニキュアが施されているではないか。わたしが驚いた表情をすると彼女は意味ありげにニッと微笑んだ。遠いむかしのシマジなら「今夜、カナユニに行かない?」と誘ったものだが、毎週、火水木金とネットで、また雑誌ではメンズプレシャス、Pen、リベラルタイムと連載し、月産百枚以上の原稿を書いているいまのシマジには物理的に時間がない。それにいくら年齢不詳を標榜しているとはいえ、72歳の老体には荒れ狂う激しいリビドーの嵐は発生しないのである。
 一方、ベイシーの菅原正二はどうだろう。ショーちゃんのところにも全国から思い詰めた顔をした妙齢の女性が一人でやってくる。ベイシーのJBLのスピーカーから大音響で鳴るジャズの名曲の数々に恍惚の表情をしている光景をよくみかける。またショーちゃんのところには、鈴木京香をはじめ滝川クリステル、阿川佐和子といった大物美女が引きも切らない。女性の客層の厚さにおいてわたしは後輩のショーちゃんの足元にも及ばない。それでも”黒面の男”は”白面の男”のことが大好きなのである。

シマジ ショーちゃん、鈴木京香がよくベイシーにフラッとやってくるそうじゃないの。

菅原 はい、シャンパン持参できてくれますね。そうだ、書林北上書房のサトウ・シュウヘイがきている。シュウヘイ、頼んでおいた京香ちゃんの新刊20冊を持ってきてくれたよね。

サトウ はい、マスター、ここにありますが。

菅原 シマジ先輩と立木さんと松田さんに差しあげてくれないか。

松田 わたしまでいただいていいんですか?

立木 菅原が京香ちゃんソックリだと太鼓判を押すくらいだからこの本は読んだほうがいいんじゃないの。

シマジ おお、鈴木京香がベイシーのことを書いている。シュウヘイ、頼みがある。

サトウ はい、何でしょうか。

シマジ ここのベイシーのところだけでいいから朗読してくれないか。

サトウ お安い御用です。

立木 よかったな、シマジ、朗読してくれる人がいて。

サトウ この本は講談社から発刊されています。シマジさんの名著『甘い生活』と同じ出版社です。本の題名は『丁寧に暮らすために。』です。では読みます。
――BASIE デビュー作の撮影で初めて訪ねた、一関のジャズ喫茶ベイシー。日本中のジャズマニア、オーディオマニアの聖地だそうです。オーナーである菅原さんの知識と経験、情熱を知ってしまうと、それは当然のことのように思います。渡辺貞夫さんのライブに、夕方のまどろみの時間にと、お付き合いは女優をしている年月と一緒に続いていきます。『ジャズ喫茶のだすコーヒーは大抵まずい。って小説に書いてあったけど何故ですか?』なんて質問にも笑顔で答えてくれる菅原さん。震災後も地元のみなさんと力を合わせて、いち早く営業を開始しました。最高の音と情熱で、古参ジャズ喫茶の底力をみせ続けるベイシー。新幹線やまびこ号に飛び乗って、出かけていきたくなるのです。『みぞおちにきた!』とか『超一流は油断ならない』なんて菅原さんの言葉でジャズの話を聞けるのは、ほんとうにいい時間です。ちなみに、コーヒーがまずいと言われるのは、『昔は鍋で煮たコーヒーを濾過して、注文のたびに小分けしてだす店なんかもあったからね』とのこと。鍋――煮た!?かつての、一部の、ジャズ喫茶のことですよ。――

シマジ うん、鈴木京香は完全にショーちゃんにイカレているね。

菅原 いやいや、京香ちゃんのデビュー作『愛と平成の色男』の撮影のときここを舞台に使ったんです。わたしも少し写っていますけど。

シマジ えっ、鈴木京香と共演したの。

菅原 いえいえ、ほんのちょっとですが。

立木 シマジ、ヤキモチ焼くな。お前の格言に「ヤキモチを焼くより焼かれる男になれ」っていうのがなかったか。

菅原 石田純一が主演でした。

松田 お店の名前をベイシーとつけたのはカウント・ベイシーから取ったのですか?

シマジ 松田さん、よく訊いてくれました。ショーちゃんがベイシーのことを語り出すと止まらなくなるくらいのメインイベントなんですよ。ショーちゃん、何度聞いても感動的なあのベイシーとのじかあたりの話をしてくれない?

菅原 先輩に頼まれればノーとはいえないでしょう。ベイシーとの邂逅も背中を押されるようにじかあたりしたのです。コンサートのあと真珠の首飾りをポケットに入れてじかあたりしました。若い人たちにいいたい重要なことは、英語がしゃべれるかというよりも目力があるかどうかですね。

シマジ なるほど。女と男の出会いも目力がモノをいうからね。だからSHISEIDO MENのトータルリバイタライザーアイが重要なんだよ。

菅原 一世一代のこのじかあたりは大成功でした。「この首飾りは奥さまのケイトさんにお渡しください」といったら、べイシーはニコニコしながら「うん、うん」とうなずいてくれました。そのときのわたしは天にも昇る心地だったですね。それから親しくなってケイトを紹介されたんですが、彼女はおデブさんでわたしがプレゼントしたあの真珠の首飾りはとても首にはまらないことが判明したんです。ベイシーがニコニコして首飾りをわたしから受け取りながら、別のスレンダーな彼女のことを考えていたんでしょうね。ケイトは宝石狂でいつも10キャラットの指輪をつけていました。いつだったか赤坂東急ホテルのなかの宝石店にケイトが入ったきり出てこない。ベイシーとわたしが外で待っているとき、わたしが彼に「ケイトは宝石好きなんですか?」と尋ねると、ベイシーがひと言いったんです。「ウーマン」

シマジ 宝石に魅せられた女は大変らしいね。ローマ在住の塩野七生さんがそうです。彼女は自力で働いて自分で買っているから問題はないですが、ベイシーはケイトの宝石のために働いているみたいなものだったでしょう。

菅原 そうです。ベイシーもそのことをこぼしていました。それからじかあたりした翌日、アメリカ大使館で野口久光先生とベイシーに会うのですが、野口先生が「菅原君、ベイシーを紹介しようか」とおっしゃるので「じつは昨夜じかあたりしてきました」と答えたら「そうですか。それはよかったですね」といかにも残念そうでした。

立木 でも真珠の首飾りはグレン・ミラーの曲だったよね。

菅原 さすが立木さんは鋭い。そうなんですよ。若気の至りでした。でもベイシーは怪物でした。わたしを仲間たちに紹介するとき「おれとこいつは30年来の友達だよ」というんですよ。わたしはそのときすっかりベイシーに魂を持って行かれました。そしてわたしが29歳で一関にベイシーをオープンしたとき、この店にベイシー自身がやってきて「お前の店とおれの名前が同じでよかったね」といったんです。わたしは思わず泣きそうになりました。

シマジ 偉大な男こそ謙虚なんだよね。

立木 シマジこそその言葉を拳々服膺すべきだね。

菅原 それからベイシーは何度も仲間とここへきては演奏してくれました。そのたびにわたしはこころのなかでむせび泣きました。

シマジ わかるね、その気持ち。人生はやっぱりじかあたりからはじまるんだね。東日本大震災の一年後に毛越寺でやったベイシーのフルバンドのボランティアコンサートには感激したね。ショーちゃんはずっと雨を心配していたけれど、神さまも微笑んでくれてよかったね。

菅原 ベイシー亡きあといまでもベイシーバンドは健在なんですよ。

シマジ コンダクターがショーちゃんのフルネームをあげて献辞したとき、おれはこの男はタダモノではないと確信したよ。

菅原 先輩に褒められてうれしいです。もっとバランタイン30年を飲みましょう。マツモト、もう一杯ずつ作ってくれるか?

マツモト かしこまりました。

菅原 それではマイルス・デイビスのフォア&モアをフルボリュームでかけますか。

立木 いいね。

松田 今日は仙台からベイシーにきてホントによかったです。ありがとうございます。これを機会にまたきてもいいですか?

菅原 どうぞ、どうぞ。そして将来お孫さんたちが大きくなったら一緒にきてくださいね。

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今回登場したお店

ベイシー
岩手県一関市地主町7-17

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