第10回 一関 ベイシー オーナー 菅原正二 第3章 「被災地での癒しのおもてなし。」

撮影:立木義浩

<店主前曰>

資生堂東北支社のビューティーコンサルタントたちが3・11の被災地でどのようなボランティア活動をしたのか。各人が克明に綴った感動の文庫『希望』がある。美容統括部長の松田佳重子さんはその編集長もやってのけている。墨をたっぷり含ませて書かれた「希望」という題字は、仙台オフィスBC伊藤修子さんの長男で気仙沼市立鹿折小学校5年生伊藤寛人君の作品である。大人顔負けの見事な揮毫である。 
 『希望』のなかで松田編集長自らも書いている。
「あの日から1年が過ぎました。今まで生きてきてこれだけの他人の涙を見たことのない1年でした。勝手に涙が溢れてくること、悲しすぎると泣けないこと、笑顔なのに涙がこぼれてくること、眠っているのに涙が流れてくること----たくさん見てきました。『もう、がんばれない』『帰りたい』『悔しい』『無理』『苦しい』『明日が見えない』と言われる女性たちに『何も言えない』私でした。ただ、一緒に泣きました。同情とは違う気持ちでした。切なく、悔しく、愛しく、どうか、目の前にいるこの方が、希望を見つけてほしいという祈りに似た気持ちであったように思います。ある日、ビューティーボランティア活動中、悲惨な状況に耐え切れなくなり、その場を離れて外でひとり泣いていたら、小学生の子が近くに来て、『泣いていいんだよ。大丈夫だよ』と私を小さな手で抱きしめてくれました。そのことが今も忘れられません」

シマジ 松田さんたちの資生堂BCボランティア活動は被災地の女性たちに大きな希望を与えたようですね。

松田 はい。女性ばかりではなく、ママがお化粧して美しくなるとそれをみた子供たちが元気になるんです。またご主人も奥さまが美しく輝くと生気をもらって元気になるんです。

立木 わかるような気がするね。被災地では最初は水とか米とか食べ物の救援物資を求めたが、少し落ち着いてくるとこころの潤いが欲しくなるのが人情だろうね。女性に化粧する気持ちが出てくれば日常に戻ってきた感覚に近くなる。それを松田さんたちはボランティアで手助けしたわけなんでしょう。

菅原 シマジ先輩、男でも一日一回ゆっくりと鏡で自分のツラをみることは重要なことですよね。

立木 シマジみたいに一日30分も鏡に向かって肌のトリートメントやヘアのグルーミングをやっている男は日本人では珍しいけど、一日一回くらいは鏡のなかの自分と対峙してもいいじゃないの。まして女性は人類の華だからね。いつも美しくいてもらいたい。

シマジ 公民館や学校で長い間避難している女性たちにスキンケアしてあげるのは、癒しのおもてなしですね。

松田 若いお母さんがお化粧してみるみる美しくなるのを側でみていた子供たちが「お姉さんたちは魔法使いですか?」というんですよ。

菅原 たしかに松田さんたちには瓦礫は運び出せないけれど、人間が生きて行くための大切なことをやったと思いますね。

松田 ありがとうございます。

シマジ BCたちは店頭で日常的にカウンセリングをしているから、傷ついた方々のこころにスッと自然に入れたんじゃないでしょうか。松田さんもこれまでの長いご経験のなかでは感動的なお客さまとの出会いが沢山あったでしょう。

松田 そうですね。20代の前半のころでしたか、毎月欠かさず資生堂禅オーデコロンレフィルをお買い求めになる初老の男性がいらっしゃいました。ある日、思い切ってお客さまにお訊きしたのです。「いつもありがとうございます。ご自分で使用なされるのですか?」じっさいわたしはこころのなかで「ホステスさんへのプレゼントかな」と勘ぐっていたんです。すると男性は「いえいえ、妻になんだ」「そうでしたか。プレゼントなのですね」とわたしがいうと、「いやいや、もう、亡くなっている妻になんだ」と意外なお答えが返ってきたのです。聞き返しはしませんでしたが、「えっ!?では、なぜ?」という顔をわたしがきっとしたのでしょう。そのお客さまはこう話してくださいました。「妻の月命日にお墓の周りに禅を撒いてやっているんです」禅の香りが漂うと奥さまを想い出すのだともいっておられました。そのとき一瞬わたしは涙がこぼれそうになりました。

シマジ いい話ですね。資生堂はモノを売っているのではなく想い出の香りを売っているんだと誇りに思ったでしょう。

松田 はい。わたしたちBCは毎日店頭でお客さまに出会い幸せなお話をたくさん聞くことができるのです。美しくなるためのお手伝いをした結果自分に幸せの倍返しをいただけるんです。

立木 シマジのえこひいきの倍返しより品格があるんじゃないか。

菅原 人間は香りで想い出すってことはよくありますね。

シマジ ある、ある。おれはむかしサッチャーさんとクラリッジホテルのエレベーターで二人きりだったとき、彼女の香水を当てたことがあった。「それはジョルジュですか?」と尋ねたら、彼女はニコッとして「ロナルドからのプレゼントなのよ」といっていた。ロナルドとはアメリカ大統領ロナルド・レーガンのことだよ。それからジョルジュはアメリカのハデな香りの香水です。

立木 勘ぐっていえば、ジョルジュの香りをシマジがそんなふうに知っていたということは、ジョルジュをつけていた女と深く関係を持っていたということだよな。

菅原 シマジ先輩、人生の出来事は何事も、後日、役に立つものですよね。

立木 シマジの女性関係はたいがい知っているんだが、ジョルジュは誰だろう。思い出せない。悔しい。

シマジ そういえば松田さん、あなたの講演のDVDをみせていただきました。

松田 えっ!どうして?なぜ?

シマジ おたくのコマツバラさんから送ってもらったのです。正直、わたしも年甲斐もなくもらい泣きしてしまいました。

立木 人間は歳とともに涙もろくなるものだ。

菅原 どんな講演だったのですか。

シマジ 『BCとお客さまとの感動物語』と題しまして松田美容統括部長が約一時間、関係各位の前で感極まって涙声で講演なさっているDVDです。とてもいい話でしたよ。また美人の涙はこれまた美しいんだね。

松田 お恥ずかしい限りです。

立木 きっと松田さんのその涙はよくやったという高揚感から溢れ出た嬉し涙だったんだろうね。

シマジ いやもっと口では表現できない複雑極まる涙だったようだよ。

菅原 わかるような気がしますね。ここでひとりでジャズを聴いているとき、突然泣いている自分を発見するときがあるんです。先日も亡くなられた門前仲町のジャズ喫茶「タカノ」のマスター高野さんを思い出して泣いていました。立木さんがいうように年を取ると涙もろくなるのかな。高野さんは生粋の江戸っ子でしたがシャイな方で、ぼくが訪ねて行くとあまりの感激にドモリまくるんです。その思いの丈と誠実さがぼくには倍増されてこころに届いたものです。東京のジャズ喫茶のマスターであんなにぼくを歓待してくれた人はほかにおりませんでしたね。

立木 その高野さんは、同じどもる人間でもドモリを武器に代えてしまうシマジとはだいぶちがって誠実な方なんだね。

菅原 いや、立木さん、ぼくは高野さんとシマジさんが重なりますね。

シマジ 松田さんの将来の夢はなんですか。

松田 資生堂を定年したら60歳で結婚し、老後は愛する人と愛犬とで温暖な気候の地で暮らしたいですね。

シマジ 松田さんくらいやさしく美しい方でしたらそんなことは朝飯前ですよ。

菅原 同感です。

立木 おれたち3人は所帯持ちだから無理だけど、松田さんなら引く手数多じゃないの。

松田 強烈な大人男子3人との今日の出会いは、わたしにとってあまりにもインパクトがあり過ぎました。

立木 そんなことはない。仙台に帰ったら、ロクでもないおれたちのことは忘れて幸せになってね。

松田 当分忘れられないかもしれません。

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