撮影:立木義浩
<店主前曰>
鯰江シェフの作る中華料理はじつに美味い。伊勢丹で土日午後1時から8時まで立ちっぱなしでバーマンとして働いたあと、さすがに疲労困憊に陥り、フラフラになって「マサズキッチン47」のカウンターに辿り着くと、シェフはわたしの顔をみるなり大好きなメニューを少量ずつ出してくれる。それらを食べているうちに、体の内からエネルギーが蘇ってくるのがわかる。もちろんタリスカー10年のスパイシーハイボールは欠かさない。若い料理人6人のうちの1人、前川祐也がわたしの話の相手をしてくれるので、1人で食事をしていても寂しいと感じることもない。
シマジ: 鯰江シェフ、ここのテールスープは抜群ですね。これにはかなり手をかけて時間もかけているんでしょうね。
鯰江: そうですね。まず牛肉は和牛を使っています。肉はわたしのゴルフ仲間でもある、信頼できる業者から仕入れています。料理人にとっては仕入れ先の業者との信頼関係が重要なのです。調理法ですが、最初の1日目は肉のついたテールを水に漬けて血とアクを抜きます。翌日は塩だけで煮込むんですが、これにはゆっくりと時間をかけて、とろ火で煮込みます。
シマジ: わたしがいつも食べている透明のスープも美味いですが、今日のトマト入りは見た目がいいですね。
鯰江: 今日は立木先生のために色づけしてみたんです。
石原: 先程いただきましたが、正直いってホッペが落ちました。
立木: 香港あたりの中華料理店ではまずスープから出てくるからね。
鯰江: そうです。中国人はスープ好きなのです。上湯<シャンタン>といって中国ではスープがよく飲まれています。
シマジ: 先日食べたトウモロコシが入ったブタ肉のスープも美味かったですね。
鯰江: いまはトウモロコシのシーズンですからトウモロコシを使いますが、あのスープは季節によってはタケノコを使ったりシイタケを使ったりします。またハムを入れて味を変えることもあります。うちのブタ肉は加藤ポークを使っています。肉はすべて脂身に旨味がないといけません。チャーシューのブタ肉も「くちどけ加藤ポーク」を使っています。
石原: たしかに脂身のところになんともいえない風味がありますね。
鯰江: しかも焼き立てが最高なんです。先程もいいましたが、うちでは残って一晩おいたチャーシューはお客さまにはお出ししません。それは賄い食に回します。
立木: シェフも弟子たちと同じ賄い食を食べるんですか。
鯰江: わたしはいっさいうちの料理は食べません。必ず外に行ってよその店で食事をしてきます。休みの日も美味しいと評判の店に行くようにしています。しかもなんでも食べます。寿司のときもあればイタリアンのときもあります。
シマジ: 6人の若い見習料理人の面倒をみるのは大変ですね。
鯰江: 1年に一度は店を休んで従業員全員で海外に勉強に行っています。この間もタイに行ってきました。若いうちに美味いものを食べなければ、料理人として上達しませんからね。
シマジ: いまは美容師になる若者が少ないようです。シャンプーボーイのうちに辞めていく傾向があるそうですが、料理人の世界ではどうなんですか。
鯰江: やっぱり中華料理よりフレンチやイタリアン、またはパティシエになりたい子が多いようですね。その点うちの子たちはよく働いてくれています。いずれ将来は自分の店を持とうという夢を抱いて頑張っている子が多いんですよ。
シマジ: どの世界も才能で保っているんでしょうが、師匠の技を盗む気構えが重要なのでしょう。
鯰江: たとえば冷やし担々麺でも、お湯で麺を茹でたあとにしっかり氷水で冷やすかどうかで、麺の弾力がちがってくるものです。
石原: たしかにこちらの冷やし担々麺はクリクリしていて美味しくビックリしました。今度女子会できてもいいでしょうか。
鯰江: どうぞ、どうぞ、歓迎します。
立木: 流行る店って女子が多いよね。
シマジ: いまは男より女のほうが活動的なんだろうね。ところで料理人になるための最低条件ってなんですか。
鯰江: それは清潔感でしょうか。例えばまな板を使う度にきれいに洗い流すことが大事だし、整理整頓がうまいことも重要でしょう。
シマジ: おれには無理だな。片付けがいちばん苦手なんです。
鯰江: でも先日シマジさんの仕事部屋に伺ったとき、きれいに整頓されていましたよ。
立木: あれはシマジではなく奥さんがやっているらしいよ。
鯰江: よく出来た奥さんですね。
シマジ: いやいや、仕事場の掃除はその都度料金を払ってやってもらっているんです。
立木: いくら払っているんだ。
シマジ: 部屋の掃除とグラス洗いだけのときは2,000円、トイレ掃除が入ると計3,000円を払っている。
立木: それは安すぎじゃないか。
シマジ: そんなもんでしょう。だって年金は全部渡しているんですから。
立木: じゃあ、お前は稼いだ分はすべて自分だけで使っているのか。
シマジ: まあ、そうですね。シングルモルトを買ったり、葉巻を購入したり、お洒落にお金をかけたり、もちろん書籍を買ったり、万年筆やパイプを買ったり、わたしもいろいろ大変なんです。
立木: それでは金が貯まるわけがないな。
鯰江: ゴルフや外食にもお金がかかるでしょう。
シマジ: 外食は仕方ないとして、去年の暮れに首を痛めて頸椎症になってから今年はゴルフをやめています。
鯰江: それは勿体ない。わたしは店が休みの月曜日には必ずゴルフに行っていますよ。ゴルフはわたしの最高の気晴らしです。
シマジ: ゴルフは愉しいものね。いまのわたしは残念ながら気晴らしがない状態なんですよ。たまにジムに行ってプールのなかを500メートル歩くくらいかな。
石原: シマジさんはそんなに忙しいんですか。
シマジ: 毎週火曜日までにメルマガ「神々にえこひいきされた男たちの物語」を書き、水曜日までにはネスプレッソブレークタイムの対談を書き、木曜日には「乗り移り人生相談」をやり、金曜日までにはこのSHISEIDO MENの原稿を書き、そのほか雑誌の原稿が3つか4つ入ってきます。とにかく書いていない日はありません。それに土日は伊勢丹新宿店に行って午後1時から8時までバーマンとしてシェーカーを振っているんです。
鯰江: それにしてもシマジさんはお元気ですね。
シマジ: 書くこともバーに立つことも性に合っているんでしょうね。先日もバーに出勤したら、青森、長野、名古屋、大阪、広島、博多からわざわざ東京に来てくれたお客さまでいっぱいでした。しかも右から左にこの順番でカウンターに並んでいたんです。
立木: ほとんどシマジのファンなんだろう。
シマジ: ほとんどではなく全員そうですよ。地方からやってきてくれたお客さまはまたいろんなものを買っていってくださる。ありがたいことです。
立木: きっとお前に押し売りされて、泣く泣く買っていくのではないか。
シマジ: たしかに昼間からシングルモルトを飲みますから、財布のヒモがいつもより緩くなっているかもしれませんね。
立木: そういえば、週刊プレイボーイのチカダがお前と同じクロコダイルの財布を持っていたぞ。チカダがこぼしていた。「立木先生、シマジさんのところに行ったら、これを買わされました」
「いくらだった」と訊いたら「13万円プラス消費税でした」というじゃないか。あんな若い子に13万円の財布を売りつけるなんて、アコギな商売をするもんじゃないよ。
シマジ: でもチカダがいっていた。「この財布を持つようになってから女性が次から次へと寄ってきます。きっとこの財布に、沢山お金が入っていると錯覚するんじゃないでしょうか」って。だからおれもいってやった。「チカダ、人生には大いなる錯覚があったほうが、面白く生きられるんだよ」って。
立木: 一介のサラリーマンが上司である編集長や部長より立派な財布を持っているなんておれは聞いたことがない。これは案外、あいつの出世にかかわる問題なんじゃないの。
シマジ: そうだ、今度チカダを「マサズキッチン」に招待してやろう。そのときは、鯰江シェフ、よろしくお願いします。
鯰江: どうぞ、どうぞ。
立木: そのときはおれも呼んでくれ。
シマジ: もちろん喜んで。