第7回 六本木 MIZUNARA CASK 篠崎喜好氏 第2章 ジョークはウイスキーの最高のツマミである。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

篠崎喜好はいま3軒のオーセンティックバーを六本木界隈に展開している。しかも株式会社を作り、そこの社長として、後輩のバーマンの面倒をみているのだ。ここまでやっている“社長バーマン”はなかなか見たことがない。今日ここに同席しているWODKA TONICの山田バーマン(38)は、その株式会社の歴とした取締役である。
篠崎社長は「会社組織にしていますから、MIZUNARA CASK、CASK strength、WODKA TONICの3軒あわせて6500本のボトルが揃っているんです」と胸を張る。しかもMIZUNARA CASKでは鍋料理まで食べさせる。なぜなら店内には立派な厨房があり、専任の料理人がいて豊富なフードメニューをも提供しているのだ。しかも10人ほど入れる洒落た小部屋が2つもある。ここMIZUNARA CASKだけは日曜と休日は閉店しているが、WODKA TONICとCASK strengthは年中無休で営業している。

立木:たしかにここは広いバーだね。

山田:立木先生、こちらの小部屋をちょっと見てみてください。

立木:おっ、懐かしい。おれの写真が飾ってあるじゃないの。

山田:よく通ってくださる常連さんからいただいたものなんですが、青木エミさんの写真です。

シマジ:この写真をいまはなき名店、カナユニの武居バーマンが見たら失神ものだね。しかもちゃんとタッチャンのサインが入っている。

立木:今度、折をみて同じ写真をモノクロの全紙サイズでプレゼントするよ。それをもう1つの小部屋に飾ったらどうだ。

山田:光栄です。

立木:しかし小部屋と言ったって、サロン・ド・シマジ本店よりははるかに広いぞ。

シマジ:まったくですね。篠崎さん、どうしてこんなに広いバーを作ろうと考えたんですか。

篠崎:例えば大勢の団体で会合が終わり、2次会でさあどこに行こうかというとき、普通のバーではなかなか収容しきれなくてお断りするケースが多いんです。そんなときこのくらいの規模のバーがあれば、使い勝手がいいのではと思ったんです。

シマジ:なるほどね。いまや3軒のオーセンティックバーの社長ですけど、篠崎さんは何歳のとき、この世界に入ったんですか。

篠崎:22歳のときでしたか。それまではやんちゃな若者でしたが、この業界でやっていくと覚悟を決めました。まずはとあるバーに雇われてカクテルの修行をしました。でも、なんでもそうですが、お酒の世界も、わかったぞと思うとまた大きな壁にぶつかるものです。試行錯誤を繰り返しながら、32歳のとき六本木にCASK strengthをオープンしたんです。そのころからダイニングバーを考えていました。食事も出せるバーにしたかったんです。ところで、シマジさんは“言葉の魔術師”と伺っていますが、ダイニングバーに代わる洒落た呼び方はなにかありませんか。たとえばヌーベルクイジーヌみたいな響きの。

シマジ:うーん、急に言われても即答するのは難しいですね。宿題にしてください。考えてみましょう。

篠崎:そのころいわゆるオーセンティックバーではワインをあまり扱っていませんでした。しかし、女性のお客さまに来ていただくためにはやはりワインを置かないといけないと考えたんです。そこでまずはスクールに通い、ソムリエの資格を取得しました。またその頃、バーを作るコンサルタント会社に雇われて、仕入れを任され実践的に勉強しました。そのうちワインブームがやってきたんです。

立木:シマジもその頃ワインスクールに通っていたんじゃなかったの。

シマジ:わたしはワインブームになるちょっと前に、当時サントリーがやっていたソムリエスクールに通っていましたね。

篠崎:ワインの勉強をしてよかったのは、ウイスキーと違って香りや味の表現が多彩だったことです。それはのちにシングルモルトを試飲するのにも役に立ちましたね。

シマジ:いまと違ってあのころはワインが安かったですよね。

篠崎:そうです。わたしでもペトリュスやロマネコンティが飲めましたからね。その点いまの若いソムリエは可哀相な気もします。

シマジ:中国人が爆買いに走り、あっという間に5倍、10倍の値段になってしまいましたものね。

立木:いまやシングルモルトも高騰しているという話じゃないの。

シマジ:そうですよ。むかし開高さんとよく飲んだ60年代のマッカランの10年ものは目が飛び出るほどの値段になっていますからね。篠崎さん、唐突な質問をしますが、あまたシングルモルトがあるなかでいちばん好きなものはなんですか。

篠崎:そうですね。どうでしょうか、グレンモーレンジの1971年でしょうか。

シマジ:わたしもあれが一番だと思います。竹崎さん、ごめんなさいね。そのうちあなたのお話もじっくりお聞きしますからね。

竹崎:どうぞ、どうぞ。お二人のこだわりが聞けて面白いです。

シマジ:シングルモルトの好事家の間ではグレンモーレンジ3兄弟といいまして、1963年、1971年、1976年が別格と言われているんです。そのなかでも次男坊の1971年が白眉なんですよ。

篠崎:どれも出色ですが、わたしに1本選べと言われたら、やはり1971年ですね。

シマジ:1963年は、そう大きく堂々と書かれた文字が懐かしいですね。わたしは同時代にときどき飲みました。そのころから貴重なシングルモルトでしたけど。

篠崎:1976年はコンコルド就航記念ボトルとして売られたんですよね。

立木:シマジはコンコルドに乗ったらしいじゃないの。

シマジ:どうして知っているの。

立木:お前が開高さんに自慢していたとき、その現場にいたことがあったんだよ。あのときコンコルドに関して面白いジョークを開高さんに言っていたよな。覚えているなら、ここで一発披露してみんなを笑わせてくれ。開高さんが大きなお腹を抱えて爆笑していたのが目に浮かぶ。

シマジ:あのジョークをここで、ですか。品のいい資生堂の連載に合いますかね。

立木:なにを言っているんだ。お前は同じジョークを福原名誉会長の前でも言っていたじゃないの。おれが許す。

篠崎:ジョークはウイスキーのツマミとしては最高です。ぜひやってください。今夜のお客さまに教えて差し上げたいです。

竹崎:ぜひ、わたしもお聞きしたいです。

シマジ:そうですか。でもここではコンコルドジョークは止めておきましょう。どうしても知りたい方は開高健先生とわたしの共著『蘇生版 水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』(CCCメディアハウス刊)をお読みください。その代わり開高先生からお聞きした空の新兵さんのジョークを披露します。篠崎さん、今夜のお客さまにおつまみの代わりに話してください。

立木:じゃあ、やってみてよ。

シマジ:「空軍の新兵の落下傘訓練が行われていた。教官が新兵に言った。
『まず、体を空中に投げ出すように勇気を持って飛び出せ。できるだけそのままの状態を保ちながら降下しろ。どうしても我慢ができなくなったら、右のほうのヒモを力いっぱい引け。傘が開く。もしも右のヒモで傘が開かなかったら、左のヒモを引け。それで補助の傘が開く。そして地上で待っていればトラックが迎えに行く。わかったか。それ行け!』
早速1人の新兵が空中に突き落とされた。新兵は恐怖のあまり、すぐ右のヒモを引いた。だが傘は開かない。『そうだ、補助の傘だ』と新兵は左のヒモを引いた。傘はやっぱり開かない。新兵は絶望しながら、チラっと思った。『この分じゃ、迎えのトラックも来ないだろうな』

立木:アッハハハ。よくできている!と開高さんなら言うところだな。あっ、そうか。これは開高さんが語ったジョークだったよな。

篠崎:アッハハハ。面白いです!さっそく今夜のお客さまに披露します。

竹崎:まるで怖い短編小説みたいですね。

シマジ:いやいや、お粗末でした。それにしても篠崎さんは偉いですね。バーをオープンするだけでなく、いまや社員20名の立派な会社組織に育てたんですから。従業員のための福利厚生と年金制度があるバーなんて聞いたことがありません。

篠崎:いやいや、たいしたことではありません。わたしは昔から「バーテンダーの世界にも人権の保護を!」とずっと思っていたんです。そうすれば、働いてくれる若い人たちもモチベーションが上がると思うんです。そしてできるだけウイスキーラリーというか、スコットランドの蒸留所を実際に見学に行ってもらうことが大事だと思います。

シマジ:篠崎さんはほとんどの蒸留所を訪ねていますものね。現場を歩くということは重要なことだと思います。

篠崎:先日もアイルランドからアイラ島とジュラ島に、山田と行って参りました。

シマジ:篠崎さんはいまWODKA TONICのオーナーですが、以前はバーマンとして働いていたことがあるそうですね。

篠崎:はい、一介のバーマンとして働いておりました。

シマジ:やっぱり篠崎さんは強運の人なんですね。ここ10数年で3軒もバーを持つことができたんですから。しかもCASK strength 2とか3にしないで全部まったく違う名前にしたのがよかったとわたしは思います。

篠崎:ありがとうございます。

シマジ:しかも六本木界隈にまとめてあるのもいいですね。それぞれの坪数を訊いてもいいですか。

篠崎:WODKA TONICがいちばん小さくて20坪、次はCASK strengthで40坪、ここMIZUNRA CASKが57坪です。

シマジ:しかもMIZUNARA CASKを除いた2軒が年中無休というのは凄いですね。

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