第8回 日本橋 ショットバー Y's Land Bar IAN 横矢豊氏 第2章 泣く子も黙るイアンの別格ボトル。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

今回イアンで飲んだ4本のシングルモルトは、泣く子も黙る別格ボトルのオンパレードである。二流から一流の背中は見えても、一流から超一流の背中ははるか遠くにあってなかなか見えないものだ。そのさらに上を「別格」と呼ぶ。マッカランのMデキャンタは懐かしい1本であるが、その次に横矢バーマンが出してくれたグレンモーレンジ1963年は、グレンモーレンジ3兄弟(1963年、1971年、1976年)のなかでいわゆる別格である。
続いて飲んだポートエレンシリーズのファーストリリースは、敢えてファーストリリースとはどこにも書かれていない。これぞ英国人が言うところのアンダーステイトメント(奥ゆかしいの意味)の現れであろう。セカンドリリースから今年の15thまではしっかり明記されている。ポートエレンラバーのわたしは、これまでに発売されたものは全て買い、そのほとんど全部を飲んでしまった。わたしには抜栓しないで大事に取っておく上品なコレクター趣味はまったくないらしい。新しいボトルを買うと、必ず3杯は1人で飲む。これまででいちばん美味かったのがこのファーストリリースなのだが、これがまた飲めるとあってわたしは狂喜した。
最後の1本はわたしがスコットランドの蒸留所でいちばん親しくさせてもらっている、グレンファークラス1959年のクリスマス記念ボトルであった。あの通常のラベルでおなじみのキルンの屋根に、雪が降り積もった絵が描かれている。この1959年から、この記念シリーズは売り出された。オーナー会長のジョンに1953年のグレンファークラスを以前ご馳走になったことがあったが、1959年のクリスマス記念ボトルの味と香りは、それに勝るとも劣らぬものであった。
横矢バーマンの気前のよさに、わたしは感動し、感服し、感謝した。

シマジ:唐川さん、マッカランのMデキャンタを飲んだとシングルモルトを知っている人に言ったら「えっ!どこで!」と驚かれますよ。

唐川:そうですか。わたしでなく中島さん(資生堂のこの連載の担当男性社員)が来ていたら、きっと感動したでしょうね。

シマジ:大事な会議があるとか言っていましたが、可哀相に、中島はついていない男なんでしょう。ここに置きますが、ニートで飲んではいけませんよ。いま横矢さんに水と別なグラスを用意してもらいますから、トワイスアップにして飲んでください。

唐川:ちょっとストレートで舐めてみてもいいですか。

シマジ:舐めるくらいならいいでしょう。

唐川:うん、飲みやすいですね。香りがいいです。どうしてこれをお水で割って飲むんですか。

シマジ:昔のことですが、これをストレートで飲んでいたのは開高健先生の時代の方が多かったんです。尊敬する先輩たちがみんなストレートで飲んでいたんですが、そのほとんどの方が食道がんに罹ってお亡くなりになりました。わたしが加水して飲んでいると開高先生に「シマジ君、軟弱やな」と軽蔑した目で言われたものですが、その開高先生は有り余る才能を残したまま、58歳でこの世を去ってしまったんです。加水して飲んでいたわたしはいま75歳ですが、このように元気です。この飲み方はスコットランドのバーで教わったんです。みんな加水して飲んでいましたよ。

唐川:そうなんですか。

シマジ:まあ、ウイスキーの税金が高かったのと、西部劇の映画でジョン・ウェインが格好良くストレートで一気飲みする姿にシビレて真似をする人がたくさんいたんでしょう。グレンファークラス蒸留所のオーナー会長のジョンも言っていました。「どうしてアメリカ人と日本人がやってくると、ストレートで飲ませろ、とあんなに言うんだろう」と。そのときわたしが「犯人はジョン・ウェインですよ」と言ってやりましたがね。さあどうぞ、トワイスアップにしましたから飲んでみてください。

唐川:わあ、なるほど。香りがますます立ってきました。それにさっきより飲みやすいです。

シマジ:そうでしょう。これがウイスキーの正式な飲み方なんですよ。

立木:次はなにを撮るんだ!

シマジ:横矢さん、なににしましょうか。

横矢:シマジさんが大好きなグレンモーレンジ1963年あたり、いかがですか。

シマジ:ここはまるで、シングルモルトの博物館ですね。なんでもあるんだ。

横矢:これもストレートで撮影してください。飲むときにトワイスアップにいたしましょう。

立木:OK、撮影終了! 次はなんだ?

横矢:ポートエレンのファーストがありますが、どうですか。

シマジ:本当ですか。ポートエレンのファーストリリースが飲めるんですか。ここ10年以上は飲んでいません。

立木:シマジ、ポートエレンを早く持ってきてくれ。

シマジ:これも撮影はストレートがいいですよね。

横矢:いいでしょう。グレンモーレンジとマッカランとの色の違いを見てもらいたんです。

シマジ:唐川さん、撮影が終わってからゆっくり飲みましょうね。

唐川:はい、何時間でもお待ちしています。

シマジ:それまでグレンモーレンジ1963年をじっくり味わっていてくださいね。

立木:ポートエレンの撮影は終了!最後はなんだ?

シマジ:横矢さん、最後は?

横矢:サロン・ド・シマジのドクロのボトルでよくボトリングされている、グレンファークラスはいかがですか。1959年のクリスマス記念ボトルです。こちらは水割りにしましょうか。

シマジ:えっ、そんなに古いグレンファークラスがあるんですか。これを知ったらジョンがきっと喜びますよ。この章は英訳してジョンに送ってあげますよ。

立木:お前が自分で英訳なんか、するわけないよな。

シマジ:当然です。わたしはアカの他人の七光りで生きている人間です。英訳してくれる若者は沢山いますから、ご心配なく。

立木:おお、懐かしい水割りだ。ヤマグチ、こっちを向けて一発光をくれ。

ヤマグチ:はい。

立木:もっと上に当ててくれ。

ヤマグチ:はい、こんなものでいいですか。

立木:うん、そうそう。

横矢:立木さんは凄いですね。先ほどから拝見していますが、三脚を使わずに手持ちでシャッターを切っていらっしゃいますね。

シマジ:いくつだと思う。

横矢:さあ。

シマジ:79歳だよ。

横矢 唐川:えっ、ホントですか!?

唐川:シマジさんもお若いと思っていましたが、それは驚きですね。

シマジ:われわれはもう40年以上一緒に仕事しているんですよ。

横矢:ですからおふたりの間に気持ちのいい気が流れているんですね。

立木:シマジ、撮影はすべて終了したよ。

シマジ:なにか一杯飲みますか。

立木:そうだな、昭和天皇に献上したあれを飲みたいところだが、今回は断腸の思いで我慢して、水を一杯もらえる?

シマジ:えっ、水でいいんですか。

立木:この後、文藝春秋の連載の撮影が控えているんだ。

シマジ:タッチャンといえど、やっぱり酔っ払ったら撮影に差し支えるんだ。

立木:当たり前だろう。お前だってシングルモルトを飲みながら文章が書けるか。

シマジ:いや、まったく書けませんね。

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