第5回 リベラルタイム、編集部チーフマネジャー板本真樹氏 第3章 ラーメン啜りながら蒐集に励むコレクター。

<店主前曰>

先日、資生堂名誉会長福原義春さんとこの連載の第1回のゲスト、MEN's Preciousのハシモト編集長と3人で食事をした。まず、いちばんにこの連載がはじまった4月末からSHISEIDO MENの売り上げが前年比115%に記録を更新していることを、店主は胸を張って名誉会長にご報告した。品格に満ちたエスタブリッシュメントのその人は一言「そう?」と答えただけだが、お顔は莞爾と笑っていた。じつはそれから4時間、店主は福原さんにロングインタビューをしたのである。これは10月、12月発売の”MEN's Precious”に掲載される予定である。むろん撮影者はミケランジェロこと毎度おなじみの立木義浩さんである。福原義春さんは生まれながらの強運の人である。さらに凄い才能にじかあたりして、強運を増幅させてきた。その福原さんのアイデアで、SHISEIDO MENははじめヨーロッパ市場で売られたそうである。まさに一年後、逆輸入する形で国内販売がはじまった。ちょうど今年で8年目を迎える。もちろん福原さんは毎朝SHISEIDO MENを使っている。店主も毎朝使いながら、強運のお裾分けにあやかりたいと密かに思っているのである。

浜田 こうして「リベラルタイム」の『ロマンティックな愚か者』のファイルをみていると、みなさん、お金持ちという感じですね。

イタモト いやいや、カップラーメンを啜りながら江戸時代の和時計を集めていらっしゃる、近江の岡田和夫さんはそんなお金持ちではありません。カップラーメンばかり食べて、1千万円する和時計を買い、500万円の古い腕時計をオークションで落とす酔狂な人なんです。彼とオークションで競った世界中の古時計コレクターたちは、この向こう見ずでロマンティックな愚か者にいつもお手上げだそうですよ。

浜田 凄い人が日本にもいるんですね。もちろん、この方は独身なのでしょうね。

イタモト もちろん、そうです。古時計と結婚して一緒に時を刻みながら暮らしているのでしょう。取材でいろいろ武勇伝をお訊きしましたが、ロレックスの自動巻腕時計が量産される以前、1922年、フランスのレオン・ルロワ工房で、一見女モノのような優雅な人類初の自動巻腕時計が3個作られたんですが、そのなかの一つの世界最古の自動巻腕時計がオークションに出ると、岡田さんは居ても立ってもいられず大枚を叩いて落札したんです。最後まで競った相手はなんと世界一といわれるパテック・フィリップ時計博物館の館長だったそうです。

立木 見上げた人だね。岡田さんは何をしていたんだ。

イタモト 1986年大阪大学電気工学科を卒業して関西電力に入社したそうです。当然、原子力発電所に関わっていました。母親の介護のため退職したけど、退職金はほとんど古時計の蒐集につぎ込んだようです。オークションで天井知らずでどんどん攻めてくる岡田さんに恐怖を感じて、尻尾を巻いて降りてしまったコレクターはゴマンといるそうです。

浜田 イタモトさんが珍しいと思った古時計は何ですか。

イタモト ぼくがいちばん驚いたのは、江戸後期の着物用の印籠型和時計なんですが、手で触ると時がわかる盲人用のモノでした。

シマジ あれは美しかったね。多分、盲人の旗本あたりが所持していたんだろう。

立木 岡田さんは何個くらい集めているんだ。

イタモト 約1千個だと言っていました。

立木 総額いくらくらいつぎ込んだんだろう。

イタモト 一億円以上だそうです。

シマジ 本人は恐ろしくて総額なんて数えたことがないんじゃないか。

浜田 お気持ちはわかりますわ。

イタモト 岡田さんにとっていちばん印象深い和時計は、三宅政利作の貴重な和時計だそうです。それをオークションで落札したアメリカ人を捜し出して交渉が成立すると、アメリカ人から君に直接渡したいからロングビーチまで来いと、言われたそうです。仕方なく岡田さんは渡米した。きっとアメリカ人のコレクターはロマンティックな愚か者の岡田さんの顔を直接みたかったんじゃないでしょうか。

立木 それはいくらしたんだろう。

イタモト たしか、当時で850万円したそうです。

立木 どれくらい古いんだ。

イタモト 160年前だそうです。

立木 そのころから日本人の技術は優れていたんだな。

シマジ おれが感動したのは、その160年前のその和時計がちゃんと動いているんだ。

浜田 本当ですか。10年前に買った目覚まし時計が、先日壊れてしまったというのに、160年前の和時計が動いているんですか。

イタモト 岡田さんが取材の終わりにしみじみ語ってくれました。「衣食住は最低限の貧乏暮らしですが、わたしは究極の愚か者を目指しています。もしこの命より大切な古時計を安心して託せるところがあれば、いつでも全コレクションを無償で一括寄贈して残せたら本望なんです」

立木 泣かせるね。滋賀県あたりがその気になって博物館を作れないものかね。

イタモト このままだと、岡田さんにもしものことがあったら、この偉大なコレクションは、いずれちりぢりばらばらになってしまうでしょうね。

立木 話が湿っぽくなってきた。イタモト、もっと明るいコレクターはいないのか。

イタモト テレビの水戸黄門の悪役で有名な俳優、田口計さんは面白いコレクターでした。ライカの収集家です。

立木 ライカか、面白そうだ。

イタモト 田口さんは1933年生まれですが、その年に世に登場したのがライカDⅢでちゃんとお持ちなんです。その製造番号は127825でした。

立木 よく生まれた年のヴィンテージのワインを飲まずに大切に持ってる人はいるけど、そんな古いライカを持っていてどうするんだろう。

シマジ ライカコレクターは何といっても、あのパシャという独特のシャッター音がたまらないんじゃないの。

イタモト 田口さんがライカに病みつきになったのは、奥さんが花嫁道具にライカⅢFを持参してきたときからだ、と言ってました。じつは奥さんのお父上が大のライカ狂で、可愛い娘が嫁ぐので自分の宝物から一台を持たせたそうです。当時はライカ一台あれば家が一軒建つと言われていたそうですよ。

立木 田口さんはその名器で何を撮るんだ。

シマジ それが面白い。中古のライカを大枚叩いて買うと、田口さんは近くの公園にある鉄の球体を一度撮るだけなんだ。ちゃんと丸いものが丸く写っていれば、あとは何にも撮らないで大事に保管しているだけ。

イタモト 以前は銀座の銀一カメラ店のショー・ウインドウにアワビのように顔をくっつけて離れなくなったそうですが、もう置き場所がなくなり、買うことは休眠中だと言ってました。でも6月の梅雨のシーズンは、レンズにカビが生えるからとエアコンはつけっぱなしだそうです。

浜田 へえ、電気代が大変でしょう。

シマジ それが不思議と、5、6回、つけたり消したりするのとあまり変わりないんだ。エアコンは始動のとき大きな電力がかかるようだね。

浜田 そうですか。

立木 浜田さん、シマジの言うことをそのまま信じちゃいけません。おれはいままでどんなに騙されてきたか。一冊本が書けるくらいだ。

シマジ いやいや、これは本当の話です。今度、電気代の明細をみせますか。しかし田口さんもロマンティックな愚か者ですよ。おれがどうしてライカを全シリーズ集めているんですか、と質問したら「シマジさん、本でも全集ものが一巻欠けていると気になりませんか。それと一緒です」と粋な答えが返ってきた。さすがは東大英文科卒業だ。

立木 岳父のライカ狂の遺伝子が直接お嬢さまをすり抜けて、婿の田口さんにきてしまったんだな。

シマジ イタモト、眠そうだな。

イタモト はい、ごめんなさい。昨夜は入稿で徹夜でしたから。

シマジ じゃあ、そこのパウダールームで顔を洗ってきな。

イタモト はい。

立木 シマジ、こんな狭い洗面所をよくパウダールームなんて言うね。

シマジ ものは言いようだよ。ステテコだって、ステテッコと言えばお洒落な品物に聞こえるだろう。

立木 おまえ、ステテッコをはいているのか。

シマジ まさか。おれは夏はソックスもはかない。イタリアのガロのアンダーパンツ一枚。

イタモト クレンジングフォームで洗ってきました。普通の石けんで洗うと肌がパリパリに引っ張られる感じがしますが、やっぱりこれは全然ちがいますね。

浜田 それでは順番につけてみてください。

イタモト まず魔法の水トーニングローションでしょう。この香りも気持ちいいですね。それから、えーと、アクティブコンセントレイティッドセラムですよね。これもいい香りです。

浜田 はい、そうです。

イタモト そしてぼくはセオさんに負けないように、トータルバイタライザーを使わずに、一挙にスキンエンパワリングクリームを丁寧に肌になじませるんですよね。最後はこのチューブのアイスーザーを目のまわりにたっぷりつけるんですよね。

浜田 よく出来ました。いまイタモトさんのお肌が生まれ変わったようにピカピカです。これで素敵なお嫁さんがみつかることでしょう。

イタモト 浜田さんはご結婚なさっているのですか。

浜田 はい、夫はわたしをおいて、いつも渓流釣りばかりに行っています。

立木 イタモト、シマジ語録の傑作を教えてやろうか。”男と女は誤解して愛し合い、理解して別れる”だ。イタモト、まず、おまえは誤解することからはじめることだな。

浜田 今日は勉強になりました。

シマジ いえいえ、どういたしまして。

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