＜店主前曰＞
今回、資生堂本社からやってきた浜田雅子さんはベテラン中のベテランであった。口から生まれてきたような巨匠、立木義浩を相手に堂々とした丁々発止のやりとりには、シマジサロンの店主、シマジも感心した。今回は原稿に起こすのは楽かもしれないと、こころのなかでほくそ笑んだ。「資生堂は人材が豊富です」と、常日頃から自慢している福原義春名誉会長の気持ちが納得できた。マジメが売り物の「リベラルタイム」のイタモトはタジタジであった。でもイタモトも負けてはいなかった。「リベラルタイム」の人気連載『ロマンティックな愚か者』のページを浜田さんにみせながら、こう解説したのである。「浜田さん、約３年間、コレクターの男たちを取材して、ぼくなりにわかったことがあるんです。鹿島茂さんの『悪女の人生相談』という名著にこう書いてありました。”モノを愛する男は女を愛せない。女を愛する男はほかの女も愛する”。だから、コレクターの男たちはほとんど独身なのです。コレクターで結婚している人はシマジさんのように傍若無人に君臨しているか、小さくなって暮らしています」。マジメな編集者、イタモトには深い教養と鋭い観察力が備わっていた。
シマジ 浜田さんのその話術は、営業時代に身につけたものなのですか。
浜田 わたしは鹿児島出身で、入社したばかりのころは、資生堂の化粧品を背負いのかごに入れて、鹿児島から漁船をチャーターしてもらい、いろんなところの離島にセールスに行ったものです。わたしどもの美白の化粧品に興味を持った真っ黒な健康色に日にやけた海女さんに「いま、お金がないからこの採ったばかりのウニと交換してくれませんか」と言われたことがありました。「それはちょっと本社に訊いてみないと無理ですね」と答えましたが、わたし自身はウニと交換して、御代はわたしが立て替えればよかったかな、といまにして後知恵で思っております。
立木 採り立てのウニはうまいからな。熱いご飯にたっぷりかけて醤油とわさびで食うとたまりません。浜田さん惜しいことしたね。
浜田 はい、いまでもそう思っていますが、なにせ入社して２年目くらいでしたから、機転が利きませんでした。
イタモト でも日やけした海女さんが白くなろうとする執念が凄いですね。
シマジ 女性が何歳になってもお化粧に何十万と遣う気持ちはわかるような気がする。エステやネイルサロンに通ったり、ちょっとでも美くしさを保ちたいという執念は見上げたものだ。そこを考えるとイタモトなんか、女性の爪のアカでももらって飲んだほうがいいかもね。
イタモト ぼくは今日から改心してやります。セオさんを見返してやります。まずはシマジさん、ハシモトさん、フルカワさんの仲間入りしてレベルＤになりたいです。
シマジ いいこころ構えだ。わざわざ本社から浜田さんが来てくれた甲斐があるっていうものだね。
浜田 はい、イタモトさん、わたしに何なりと訊いてください。もう一度おさらいをしましょうね。本当は朝晩一回ずつやったほうが効果絶大なんですが、朝は必ずやってくださいね。まず、クレンジングフォームでお顔の汚れを洗い流してください。また週に１、２回はディープクレンジングスクラブで洗顔してください。だからクレンジングフォームは必ず２種類お買い求めください。そして赤ん坊にようにきれいなお肌になった上に、魔法の水のようなトーニングローションをつけてください。それからこの３月に新発売したアクティブコンセントレイティッドセラムをぬって、スキンエンパワリングクリームをぬり込み、あ、そうそう、イタモトさんは３３歳でしたよね。ここは気前よく少しお高いですげど、スキンエンパワリングクリームをいまからお使いになられたほうが効果抜群だと思います。
立木 そうだ。イタモトは独身なんだろう。
イタモト はい。
立木 それじゃあ、いまのうちにガンガンSHISEIDO MENを飲んだつもりでつけな。
シマジ スキンエンパワリングクリームはぬるだけで栄養ドリンク１本飲んだ効果があるってこの間のＢＣが言っていたよね。
浜田 ライバルのセオさんに勝つためならこれしかないでしょう。
イタモト ライバルなんてとんでもないです。セオさんは尊敬する大好きな先輩です。ぼくも将来結婚したらセオさんのように愛妻家になるつもりです。
立木 イタモトなら絵に描いた愛妻家になれる。そしてほかのことはまねなくてもシマジみたいにピカピカ、ツルツルの肌で婚活すれば百人力だぞ。
イタモト でも、ぼくシマジさんの葉巻に燻されているうちにすっかりはまってしまい、葉巻はこっそり独りのとき、ときどき愉しんでいるんです。
シマジ シガーは男の香水だ。
立木 なに？ おまえまでがシマジの軍門に下ってシガーを吸っているのか。それじゃあ、イタモト、部屋で独りでこっそり吸うんじゃなくシマジのように堂々と吸ったほうがいんじゃないか。
イタモト いやいや、ぼくはまだ若いですから。あ、そうだ。立木先生、「リベラルタイム」の渡辺編集長には内緒にしていてくださいね。
立木 シマジ、おまえの担当編集者でほかに誰が葉巻をやってるんだ。
シマジ おれは別に強要したわけではないんだが、『乗り移り人生相談』の相棒、ミツハシはここでよく吸って行くわな。それから『Ｐｅｎ』のサトー・トシキも吸ってるね。シガーはパッフィング＜ふかして肺にはいれない＞だから、シガレットのようにインヘール＜肺に吸い込む＞するのとはわけがちがって健康的なんだ。おれをみてくれれば肌にも害はない。
立木 それはシマジ流の理屈だ。じつはおれもこの間までは葉巻を吸っていたんだがね。
シマジ 知ってますよ。美味かったでしょう。
立木 たしかに美味い。でも７５歳でやめた。体力が続かない。
シマジ たしかに葉巻は肺活量も体力も必要ですからね。おれはシガーを毎日美味しく吸いたいから、毎日ジムのプールに通っているんだ。
立木 シマジはいま１日何本吸ってるんだ。
シマジ ３、４本かな。
立木 それじゃ、金もかかるだろう。
シマジ そのために、せっせせっせと原稿を書きまくっているみたいなもんだ。シガーとシングルモルトとお洒落のためかな。
立木 そのうち絶対吸えなくなる。そのときまでせいぜい吸っておくんだな。
シマジ いや、わが尊敬するチャーチルは１週間に１００本吸って９０歳と１ヶ月生きたんだぜ。おれは９１歳まで吸いながら生きたいと思っている。
立木 勝手にしろ。
イタモト 浜田さんのお話はどこまで行ったんでしたっけ。
浜田 はい、最後にアイスーザーをつけることをお忘れなく。イタモトさん、部屋中に柱時計がかかってるこのページ壮観ですね。
イタモト 浜田さんは目ざといですね。ぼくもこの方は大好きです。この人は大杉茂さんといいまして、歴としたカルティエ時計宝飾職人で古時計協会副会長をなさっているんです。
シマジ 本文はおれが書いたものだが、リードはイタモトが書いたものだ。名文でこう書いている。「普通の民家の玄関をくぐって行くと、古い柱時計が沢山掛かっている八畳間に通された。ここの主は一介のサラリーマンである。すると突然、荘厳にして典雅な音色が三回響き渡り、古時計が三時を告げた」
浜田 イタモトさんは詩人ですね。
イタモト お部屋に入って３分したら、また同じ古時計が３回打って３時を知らせたんです。
浜田 へえ、壊れていたんですか。
イタモト これはダブル・ストライクという機構なんです。この柱時計は大杉さんのいちばんの自慢のモノで、ファーブル・ブランドの１３０年以上前の古時計なんです。ファーブル・ブランドといえば、明治維新の横浜でブイブイ鳴らした富豪貿易商でした。富豪がスイスの名工に中身を作らせて日本に送らせた。表の枠組はケヤキを使い、まだ生きていた江戸時代の名工に頼んで彫らせたものです。
浜田 ここに掛かっている古時計は全部動くんですか。
イタモト はい、全部動くそうです。古時計は動かなかったら、ただのゴミだそうです。
立木 なるほどね。動かないといくら古くても価値がないんだ。人間も生きていてなんぼのもんだとよく似ているね。
浜田 これはなかでも大きいし立派にみえますね。高価なモノなのでしょうね。
イタモト 大杉さんがいままで持っていた大事な古時計１５台と交換したそうです。
浜田 現在日本にこれと同じモノが何台あるんでしょうね。
イタモト 完全なオリジナルは数台だそうです。素人が手に入れるとダブル・ストライクを聞いて壊れていると錯覚して、わけのわからない下手な職人にいじらせ、さらに壊してしまうそうです。モノを知らないって怖いですね。
シマジ 大杉さんは仕事から帰ってきて自宅の居間よりこの柱時計が沢山掛かっている８畳間にいるほうが落ち着くそうなんだ。ダブル・ストライクの古い音色を聞きながら瞑想に耽っているのが愉しいそうだ。
立木 わかるような気がする。これは男でないとわからないことなんだ。シマジも朝起きると、奥さんに卵一個食わされて、さっさと母屋から脱出してきて、この狭い部屋に閉じ籠もるのと一緒じゃないか。
イタモト 奥さまからは大杉さんは「ここに置くよりどこかの博物館に寄付したら」とよく言われているそうです。
シマジ まさに女房の目には英雄なしか。
浜田 女性のコレクターがいない理由がわかったような気がします。ところでイタモトさん、SHISEIDO MENの使い方もう一度復習しましょうか。
イタモト 大丈夫です。クレンジングフォームでしょう。トーニングローションでしょう。アクティブコンセントレイティッドセラムでしょう。それからスキンエンパワリングクリーム。最後にアイスーザーですよね。
浜田 よく出来ました。６週間後が愉しみですね。
イタモト ぼく朝晩やってみます。必ずＤをゲットします。
立木 女にモテる最低条件は顔の肌がツヤツヤであることだよな。なあ、シマジ。
シマジ そのようでございますね。