第10回 恵比寿 言の葉 渡邊直樹氏 第4章 不屈の精神を持った料理人。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

小柄な渡邊直樹シェフだが、高校時代は相撲部で頑張っていた。そのとき痛めた腰の古傷が、いまでも寒くなると疼く。だが不思議なことに、料理をはじめると痛みを感じなくなるそうだ。料理を作る集中力が痛みを忘れさせてくれるらしい。相撲にも段位があり、渡邊は高3のときに2段となった。
渡邊が料理人見習いだった若いころは、先輩たちに殴られることなどは日常茶飯事だった。しかしいまそんなことをしたら、可愛い見習いたちはすぐに辞めて行ってしまう時代になったという。渡邊がどんなことにも耐えられたのは、相撲で鍛えられた不屈の魂があってこそなのだろう。

シマジ:犬丸さん、そろそろ渡邊シェフの肌チェックをお願いします。

犬丸:そうですね。では渡邊さん、こちらにお座りください。

渡邊:痛くはないんですか。

シマジ:凄く痛いけど渡邊なら我慢出来るだろう。

立木:そんなにシェフを脅してどうしようというんだ。

犬丸:大丈夫です。まったく痛くありません。渡邊さんは何年生まれですか。

渡邊:本当に痛くないでしょうね。

立木:ほら怯えているじゃないか。

シマジ:ゴメン、渡邊、冗談、冗談だよ。

渡邊:よかった。生まれたのは1982年ですが。

シマジ:1982年か、ちょうどボルドーワインの当たり年だね。

立木:人間とワインの誕生年とどう関係があるんだ?

シマジ:まったくないでしょう。でも将来自分の生まれた年のワインを飲んだりすることがあるかもね。

立木:ボルドーの1982年のワインなんて目が飛び出るほど高いんだろう。

渡邊:1982年ヴィンテージのワインは当たり年だと知っていますが、まだ飲んだことはありませんね。

立木:そうだろう。シマジ、余計なことはいわないほうがいいぞ。

犬丸:お肌チェックの結果が出ました。Eでした。でも限りなくDに近いEです。

シマジ:E は普通だね。これからSHISEIDO MENを毎日使えばすぐDになると思うよ。

渡邊:頑張ります。今日は沢山の化粧品をいただきましたが、これはどうやって使うんですか。

犬丸:それはわたしより、毎日お使いになっているシマジさんから説明してもらいましょうか。

シマジ:お任せください。わたしはもう11年間毎朝使っていますから。渡邊シェフ、よく聞いていてくださいね。

渡邊:ではメモを取りますか。

シマジ:まず、顔を洗ったあと、このハイドレーティングローションを使います。これはいわゆる化粧水です。過剰な皮脂による肌のダメージを防ぐ効果と、水分をたっぷり補給してくれる効果があります。べたつきとかさつきを同時に防ぎ、肌を快適に整えながらさっぱり感を味わえます。

渡邊:気持ちよさそうですね。

シマジ:手の平に500円硬貨ぐらいのローションをとって、軽く叩きながら顔全体に馴染ませるんですよ。その後はアクティヴコンセントレイティッドセラムを使うんですが、ディスペンサーを2回ほどプッシュして手の平にとり、顔全体、下から上にマッサージをするように馴染ませるんです。

渡邊:なるほど。

シマジ:次はスキンエンパワリングクリームです。これは指先で真珠1個大をとり、顔中に馴染ませる。最後はこれまた真珠大にとったものを、上下のまぶたの目頭から目尻に向けて数回馴染ませる。

渡邊:男のくせに目まで化粧品を使うんですか。

シマジ:目は口ほどにモノをいう、というぐらいですから大事なんですよ。年齢はまぶたからやってくるといっても過言ではありません。

渡邊:そうなんですか。

犬丸:その通りです。それは女性にも当てはまりますね。

渡邊:ところで今日はシマジさんにお訊きしたいのですが、最近読んだ本で面白かったのはなんですか。

シマジ:それは最近発売された塩野七生さんの『ギリシャ人の物語』(新潮社)ですね。どんな時代でも「英雄ここにあり」と、優れた人物が登場してくるんです。紀元前5,400年頃のギリシャの敵はペルシャだったのです。ギリシャはそのころ都市国家ですから、スパルタとかアテネとか小さな国の集合体だったんです。そのギリシャが束になってペルシャと戦うわけです。塩野さんの書く戦闘シーンはまるで見てきたかのように真に迫っていて面白いですよ。是非『ギリシャ人の物語』は読んでください。これから塩野さんは毎年書き下ろして、全3巻を完成させるそうです。いまは面白くてためになる本は少ないですから、これは貴重な本です。

犬丸:シマジさんは沢山の方にお会いしていらっしゃると思いますが、最近、凄い方だと思った人はどなたですか。

シマジ:それは今月現代ビジネスの連載(Nespresso Break Time @Cafe de Shimaji)で対談のゲストにお招きした、千日回峰行を成し遂げた塩沼亮潤大阿闍梨ですね。

渡邊:千日回峰行というのはなんですか。

シマジ:ネスプレッソの対談を読んでいただければわかりますが、簡単にいいますと、千日回、深夜の12時に出発して1700メートルの吉野の山の頂上まで一人で提灯の明かりを頼りに登って行って、午後3時ごろ下山してくる過酷な修行なんです。塩沼さんはそれを成し遂げられたお坊さまなんです。

犬丸:続けて1000日修行するんですか。

シマジ:毎年5月から9月までの125日間を9年間続けるそうですね。

犬丸:シマジさんはその大阿闍梨とお会いして、どんな印象を受けられましたか。

シマジ:解脱した人間というのはこんなにも純できれいに輝く目をしていらっしゃるんだという印象に感動しましたね。

立木:二人の写真はおれが撮ったんだが、まあ清と濁の面白い対談だったね。

シマジ:塩沼大阿闍梨はじつにいいお顔をしていましたね。

渡邊:そうですか。是非現代ビジネスの対談を拝見します。

犬丸:お坊さまとはいえ、真っ暗な深夜の山道を一人で登って行くのは怖かったでしょうね。

シマジ:はじめのうちは亡霊が出たりして怖かったそうですが、後半からは、そういう怖いものは見なくなり、美しい天女を見たそうですよ。どんどん解脱していってこころが澄んでくると、見るものが変わってくるんでしょうね。怖い話といえば、眠りながら歩いていたのが、断崖絶壁の30センチくらい手前で突然目が覚めて、命拾いをしたという話が圧巻でしたね。

犬丸:凄い話ですね。いま聞いていてもぞっとします。

シマジ:「そのとき仏さまが自分を救ってくれたんです」と塩沼さんはたんたんと語っています。現代ではそういう摩訶不思議な現象を信じない人のほうが多いでしょうが、この世には唯物論では割り切れないことって沢山あるんですよ。わたしは若いときに、今東光大僧正という偉いお坊さんであり作家である方に可愛がられて、その辺のことはしっかり教わりましたから理解出来ますがね。

渡邊:わたしにもわかるような気がします。

ヒノ:シマジさんは若いころ今先生に、「本当のインテリーは唯物論ばかりではなく、唯心論も学ばなければいけない」と教わったそうですよ。

シマジ:人間はどんなときでも天から神さまがみていらっしゃると思うことです。そうすれば卑怯な真似はできないでしょう。

犬丸:今日はお会いできてよかったです。とてもいいお話を伺いました。

シマジ:是非塩沼大阿闍梨の体験談を読んでください。それから立木巨匠が撮った塩沼さんの澄んだお顔を見てくださいね。

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