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第7回 西麻布蕎麦たじま 店主 田島基行氏 第4章 人生で大事なことは心意気だよ。

<店主前曰>

今回のpenのスコットランド取材で生まれてはじめての体験をした。それはグレンファークラスの5代目オーナー、ジョン・グラントの計らいで、セビリアのシェリー樽の工場見学のためにジョン所有のプライベートジェット機に乗せてもらったことである。操縦席には専属のパイロットと副操縦士が乗って、その後ろの席に日本人が3人とスコットランド人が2人でいっぱいになった。
小型のジェット機は瞬く間に成層圏に突入して水平飛行に移った。
ジェット機に乗る前にジョンはみんなに強くいった。「乗る前にトイレに必ず行ってくれ」そのわけは小型ジェット機にはトイレがついていなかったのだ。1時間ちょっと飛行していると、ジョンはみんなにメニューを配った。セビリアに行く前にチャネル諸島のひとつガーンジー島に着陸してランチをとるという。銘々が注文を書き込むとジョンは操縦席にその紙を持って行き副操縦士に渡した。すると彼はガーンジー島の管制塔に無線で連絡をとった。これから行くレストランに管制塔から電話が入る仕組みになっているらしい。ガーンジー島は14世紀ごろ英国がフランスから奪った小さな島だそうだ。いわゆるタックスヘブン島である。ジェット機がスムーズに着陸すると、歩いて5分のところに小じゃれたレストランがあった。そこでわたしはムール貝を食べた。再び機中の人となり、プライベートジェット機は一路セビリアを目指した。飛行時間はそれから3時間くらいのものだったが、もし突然下半身が緩んだらどうしよう、と恐怖におののいていた。今度乗るときは介護パンツを履いてこようと何度考えたことか。じつはわたしは7年前直腸ガンの手術をした体である。備えあれば憂いなしとはまさにこのことか。

シマジ 芝﨑さん、いま食べている蕎麦の感触はどうですか。

芝﨑 香りもよく喉越しもよく美味しいです。辛み大根おろしがこれまた美味しいです。

シマジ 田島店長は謙虚にまだまだといっていますが、わたしにはここの蕎麦は十分エッジが立っていると思います。

田島 いやいや、まだまだです。

芝﨑 蕎麦のエッジが立つってどういうことでしょうか。

立木 それは薄く平らに延ばした蕎麦の生地を専用の麺切り包丁で切ると、一本一本が角が立つでしょう。ゆでてもその角が立っていて、口に入れる瞬間、舌の上を通過する瞬間、おもに喉を通る瞬間にその鋭い蕎麦の切り口を心地よく感じるか、感じないか、が蕎麦職人のこだわりなんだね。

シマジ さすがにタッチャンは蕎麦専門誌に連載している蕎麦通だね。

立木 こんなこと蕎麦喰いには常識だろう。

田島 そうよくいわれますが、なかなか自分の満足するエッジが出ないんです。それに関してはまだまだわたしは修行中の身です。

立木 田島さんのその謙虚さが蕎麦の味にそこはかとなく現れているんじゃないの。今度おれの蕎麦の取材できたとき、じっくり味わってみたいですね。

田島 怖いですね。

立木 なになに、日常のままでいいです。

シマジ 取材のときは誰が写真を撮るの。

立木 シマジ、珍しく鋭い質問だ。そのときはアシスタントを影武者のように座らせておいて、セッティングを決めたらおれが座りアシスタントがシャッターを押すわけだよ。

シマジ なるほど。アシスタントはあくまでもアシスタントなんだ。

立木 当たり前でしょう。そう簡単に立木義浩にはなれないの。

田島 わかるような気がします。どんなにいま機材が進歩していても名人の技は名人の技ですものね。

立木 田島さん、よくいってくれました。明日あなたのお蕎麦を食べにきます。手打ち蕎麦の世界もそうですよね。弟子が打つのと師匠が打つのとはやりかたは同じでも、蕎麦の出来映えは似て非なるものになる。

シマジ 田島名人は一日何食くらい打つんですか。

田島 名人はやめてください。そうですね。一日80食は作りますか。蕎麦粉にして9キロは使います。

芝﨑 凄い量ですね。それを田島さんお一人で蕎麦粉から作るんですか。

田島 はい、そうです。

芝﨑 お蕎麦は生ものですから作って保存しておくことは出来ないでしょう。大変ですね。

田島 それを生き甲斐としていないとこの商売はなかなかやれません。でも蕎麦は打って少し時間をおいたほうが旨味が増しますね。いま芝﨑さんが召し上がっている蕎麦は今日の10時ごろ作った蕎麦です。

芝﨑 そうですか。蕎麦はやっぱり生き物みたいですね。

立木 さすがは同期の出世頭、芝﨑さんはいいこというね。

芝﨑 いえいえ、生意気なことをいってしまったかしら。正直わたしがいままで食べたお蕎麦のなかで「たじま」の今日のお蕎麦がNo.1です。

田島 ありがとうございます。もっともっと精進します。

立木 シマジのNo.1の蕎麦はどこなんだ。

シマジ なかなか難しい質問だね。蕎麦職人によっていろいろな個性あるからね。そうだな、タッチャンも行ったらしいけど、日高市の「奈佳一」もいいけど、おれはやっぱり平泉の「地水庵」かな。あそこの蕎麦は出色だね。

立木 平泉はシマジが育った一関の隣の町だよな。

シマジ そうだよ。一関にも美味い蕎麦屋はたくさんあるけど、中尊寺の近くにある「地水庵」は格別だね。伊東信治さんというこだわりの蕎麦職人が蕎麦を自分で植えるところからやっている。そこで食べられる蕎麦が2種類あって、”古典蕎麦”と”せいろ蕎麦”が格別に美味いんだ。

立木 その蕎麦屋はむかしからやっているのか。

シマジ いやいや、伊東さんは以前コンピューター会社で回路を作っていた技術者だったらしい。まさに脱サラして店をオープンしてもう10年にはなるかな。

立木 シマジ、水臭いぞ。そんな隠れた名店におれを招待しないとは何事だ!何よりも尊いものは友情ではなかったのか。

田島 「地水庵」はそのうち訪ねたいお店のひとつです。以前danchuの『「そば」名人』に載っていたのをみて、ここは行かなくては思っていたところです。

シマジ タッチャン、11月は新蕎麦が出回るころです。どうしてもタッチャンに食べてもらおうと、いま資生堂の連載担当のダイラクと計画中なんだ。タッチャンがよくお忍びで行く一関の「ベイシー」のマスター、ショウちゃんと、オーセンティックバー「アビエント」のマツモトを取材に行くことを画策している。そのとき一関まで新幹線で行き、まっすぐ「地水庵」に直行しようかと考えているところだよ。

立木 それじゃその「地水庵」の伊東さんも取材してはどうだ。

シマジ それが伊東さんはみるからに厳しい職人肌の人なんだ。おれも何度も行ったが、それほど親しく話したことがない。

立木 そうか。『えこひいきされる技術』や『愛すべきあつかましさ』を書いているシマジをもってしても無理なのか。

シマジ 残念ながらそうなんだ。

立木 ようし、今度食べに行ったときおれがひと肌脱ごうか。そういえば今日はダイラクの姿をみないな。

シマジ ダイラクは会社で緊急の会議があったらしく、まもなくやってくるはずだよ。

立木 今日は「セオではまだか」ではなく、「ダイラクはまだか」か。

ダイラク 立木先生、遅くなってスミマセンでした。

立木 ダイラク、許す。その代わり一関と平泉に出張取材を確実に決めてくれ。久しぶりに「ベイシー」のマスター、ショウちゃんに会いたいし、「地水庵」の蕎麦をどうしても食べてみたい。

ダイラク その件でしたらお任せください。1泊2日の取材旅行で参りましょう。ホテルは一関のいちばん格式のある「ベリーノ」を押さえてあります。あとは立木先生のスケジュール次第です。

立木 ダイラク、やるじゃないか。人生もサラリーマン世界も、大事なのは心意気だよ。福原名誉会長にいっておく。

シマジ 別に福原さんは関係ないじゃないの。

立木 そうだね。いったところで「そうお」といなされるだけだろうけど。ダイラク、ありがとう、その取材旅行はいまから愉しみだ。

シマジ 田島さん、SHISEIDO MENの詳しい使い方は、後日わたしがサロン・ド・シマジの本店で教えますから、2時間ばかり時間を取ってください。極上のシングルモルトを飲みながらやりますか。

田島 わぁ、うれしいです。必ず伺います。

今回登場したお店

蕎麦たじま
東京都港区西麻布3-8-6
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