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第2回 恵比寿 BAR ODIN 菊地貴彦氏 第3章 ヒグマパワーと奇跡のリンゴスープとは。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

恵比寿駅前のオーセンティックバー「オーディン」のオーナーバーマン菊地貴彦は、まさに信念とこだわりの人である。菊地は高校を卒業してサラリーマンになったのだが、持って生まれた熱い血潮が騒いだのだろう。まもなく吸い込まれるようにバーマンの世界に転職した。父親は怒り狂ったという。「バーテンダーなんて最低だ」と言われた。堅い会社のサラリーマンをやっていた父親にとっては、それが当たり前の反応だったのだろう。しかし、そのとき菊地は「ようし、それなら俺は最高のバーデンダーになってやろう」とこころのなかで誓ったという。
人生は運と縁とセンスである。酒の世界の優れた先輩たちに可愛がられた菊地は、いくつかのバーで経験を積んだ後、六本木の「THE BAR」のカウンターに立つことが出来た。そこで5年半働いた後、28歳のときに独立して、オーディンのオーナーになった。
かつてはあれほど怒っていた父親も、菊地のその後の活躍には目を細めていた。息子の独立にあたり父親は、店を借りる保証金を出してくれた。
菊地は雇われバーマンをしていた頃すでに、スコットランドへシングルモルトの蒸留所を巡る旅に何度も行き、約400本近くのオールドレアボトルを持っていた。しかし、当時はバブル崩壊後で経営は決して楽なものではなく、自分のバーの切り盛りをするために菊地は死にもの狂いで働いた。オープンして8カ月間、たった1人で、休みなく日曜日も働いた。それでも自分のバーにシーバスやハーパーやバランタインといった普通の酒を置かないのは、菊地のこだわりであった。
店を貸してくれている大家、内装を請け負ってくれた会社、そして仕入れの酒屋まで、1年間支払いを待ってくれたという。彼らは皆菊地の情熱にほだされたのだろう。そして、少しずつ菊地のこだわりがわかる常連客が店に増えはじめ、現在に至っている。

シマジ菊地さんのこだわりは並大抵のものではありませんね。たとえばブラッディシーザーなどは、普通は缶詰のハマグリのスープを使うところですが、ここではちゃんとハマグリを煮出してスープをとり、そのうえ乾燥させて粉末にした身を振りかけたりしていますよね。

菊地いえ、小さなことですが、それが唯一のこの店の売りですから。

岡田わたしもブラッディメアリーやマティーニを美味しくいただきましたが、材料を厳選したり、お酒もこだわって自家製にしたり、というのには本当に驚きました。

立木うん、さっきのマティーニは美味かった!

菊地ありがとうございます。

シマジタッチャン、ここはバーですけど食べ物にも凝っていて、シーズンによってはヒグマのステーキも出してくれるそうですよ。

立木ヒグマのステーキといえば、シマジの大好物じゃないの。

菊地去年の秋には2歳の雌のヒグマを2頭仕入れました。それ以上大きいと、うちの冷凍庫にも冷蔵庫にも入りません。女子会でやってきたお客さまが美味しい、美味しいと食べていかれました。午前3時ごろ帰っていかれたんですが、あとから聞いたところによると、6時半には起きて、7時にはジョギングに出かけたそうですよ。やっぱりヒグマは元気の素ですね。

岡田わたしも女子会を募って来ようかしら。

シマジその話は実体験としてよくわかります。本州に棲息するツキノワグマでさえも凄いんですから。わたしが週刊プレイボーイの編集長をしていたころ、部下たちに褒美としてクマ鍋を食べさせると、5、6人の若者全員がそのあと元気に次の店に行っていましたからね。

菊地それはわかるような気がします。

シマジましてや北海道のヒグマでしたら、そのときどうなったか想像するだに怖いですね。よかった、ヒグマじゃなくって。

立木シマジ、今年ここにヒグマが入荷したら、おれの事務所に迎えにきてくれ。おれもヒグマに挑戦してみたくなった。

シマジタッチャン、そのときはお任せください。約束します。

立木男の約束だぞ。

菊地立木先生がいらっしゃるのならヒグマのレバーもハツもイブクロもご用意いたしましょう。それからヒグマと蝦夷雷鳥とのダブルコンソメもお作りしますよ。

立木そうか。シマジがこんなに元気なのは蝦夷雷鳥とヒグマのダブルコンソメやヒグマの内臓をこっそり喰っているからなんだな。

シマジ改めて告白しますが、タッチャン、わたしはいままでヒグマの左股専門に食べていただけです。場所は以前この資生堂メンの取材でも行ったことのある、西麻布のコントワール・ミサゴですよ。去年菊地さんが仕入れたヒグマは見たことも食べたこともありません。菊地さんにヒグマの話を詳しく聞いたのは、わたしもいまが初めてなんですから。

立木そうか。菊地さん、このシマジの話は信じていいんですか。

菊地はい、シマジさんはご近所に住んでいらっしゃいますが、ここの常連になっていただいたのは最近のことなんです。

立木じゃあ信じよう。その代わり今年のシーズンが来たら、ヒグマオンパレードと行くか。

シマジガッテンです!でも北海道のヒグマは相当に腕のいい猟師でないと撃てませんからね。菊地さん、立木先生のためにもわたしのためにも、どうか手配をお願いしますね。

菊地これは運試しみたいなもので、猟師が山に籠もっていたとしても、ヒグマにうまく遭遇するかどうかにかかっていますからね。

立木菊地さん、今日おれは腕にヨリをかけてあなたをイケメンに撮ってあげよう。

菊地わっ、嬉しいですね。ヒグマ効果はたいしたものです。わたしも最善を尽くしますよ。入ったらすぐシマジさんに連絡しますから、ご一緒にいらしてください。ところで、みなさん、うちのピクルスを食べてみてください。

岡田美味しい!

菊地これは京都の近くで作っている富酢プレミアムというこだわりの酢で漬け込んでいます。

シマジピクルスまで凝っているんだ。

菊地自慢じゃないですが、うちはカワキモノのナッツでも炭火で炙って出しています。

シマジそうですか。それは大いに自慢すべきでしょう。そうだ、菊地さん、リンゴのスープを岡田さんに出してあげてくれませんか。

岡田わあ、聞いただけで美味しそうですね。

シマジ色が真っ白で、ポタージュみたいなスープなんですよ。

菊地あれはもうシーズン的に終わりです。また秋になったら、日本一の弘前の美味しいリンゴが入りますからお待ちください。

シマジそうですか。そのリンゴというのは、テレビでも放映されて有名になった木村秋則さんが作るリンゴですよね。農薬も肥料も使わずに、世界で初めて自然栽培で成功した「奇跡のリンゴ」と言われているそうですね。

菊地そうです。木村さんのところは小さな畑で収穫量も限られていますので、いまから新規で注文すると、20年待ちと言われているくらいです。

立木その凄いリンゴが菊地さんのところには入ってくるわけだ。まったくここは驚愕のバーだね。

シマジそれは木村さんと菊地さんの信頼関係が深いからでしょう。

菊地おかげさまで。

立木その奇跡のリンゴはここではいつごろから使っているの。

シマジじつはわたしもその質問をしたかった。

菊地そうですね。木村リンゴはもう15年前から使っていますよ。

立木聞いたか、シマジ、おれたちの信頼関係なんて遠浅の海みたいにまだまだ浅いんじゃないか。もっといい仕事を持ってこい。

シマジそうですか。まだできますかね。

立木なにをいうか。おれたちにはヒグマパワーがついているんだぞ。それに奇跡のリンゴスープもあるではないか。

シマジガッテンです。もう1本なにか連載をやりますか。

立木なんだか話を聞いただけでヒグマを喰ったように興奮してきたぞ。

シマジわたしもそうです。人生において元気こそ正義ですからね。

新刊情報

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である
(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

バー オーディン 恵比寿店
東京都渋谷区恵比寿1-8-18 K-1ビル 地下1階
03-3445-7527
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