撮影:立木義浩
<店主前曰>
銀座MAIMONの料理長、杉山豊は伊勢丹のバー、サロン・ド・シマジの常連の1人である。幸運にも今年の3月からMAIMONの料理長に抜擢された。サロン・ド・シマジの常連には強運の人が多い。というよりもここの常連になると、運がグングンと上向いてくるのである。
以前、舌がんを宣告された1人の若者が、絶望したような表情でわたしに告白した。
「シマジ先生、わたしはもうシングルモルトも葉巻も愉しめなくなり、最悪の場合、しゃべることすらできなくなるかもしれません」
「すぐに上野寛永寺の今東光大僧正の墓参りをして、助けてもらえるように大きな声で祈ってきなさい」
それから2カ月後、その若者が再び店に現れた。術後の経過は良好という。そればかりか、なんとシングルモルトも葉巻も悠々とやっているではないか。話し方も以前と寸分変わりなかった。
この世には神さまが確実にいるのである。伊勢丹メンズ館8階のバー、サロン・ド・シマジはまさに現代のパワースポットなのだ。
シマジ:杉山、こちらは資生堂からのゲスト、首藤育美さんだよ。この店には何度か来たことがあるそうだ。
首藤:はい、会社から歩いて来られる距離なので、何度か使わせていただきました。牡蠣がとっても美味しいお店ですよね。
杉山:そうですか。今度はぜひわたしに声をかけてください。シマジ教直伝のえこひいきをたっぷりさせていただきます。
立木:シマジ、今日のシェフはお前の子分なのか。
シマジ:子分ではないですが、伊勢丹のバー、サロン・ド・シマジの常連です。このSHISEIDO MENの連載で親しくなってから常連になった人は多いんですが、取材前にすでに常連だったというのは杉山がはじめてです。杉山は3月にここMAIMONの料理長になったので、そのお祝いもこめて、ゲストとして登場してもらうことにしたんです。
杉山:杉山です。今日はよろしくお願いします。巨匠立木義浩先生に撮影してもらうのかと思うと昨夜は眠れなくなってしまいまして、この通り睡眠不足の顔ですが、どうかひとつイケメンに撮ってください。
立木:立木です。杉山、そんなに興奮しなくてもいいんだよ。シマジ、こいつは面白い子だね。
シマジ:タッチャン、「面白い子」はどうですかね。杉山はもう41歳ですよ。
立木:41なんておれの半分も生きていない。まだ子どもだよ。
シマジ:タッチャンはもう82歳になったんですか。
立木:似たり寄ったりだ。杉山は熱があるんじゃないか。顔に玉のような汗をかいているぞ。杉山をイケメンに撮るには汗は拭いたほうがいいな。
杉山:失礼しました。
立木:それではまずお嬢とシマジと杉山の3人を撮るか。あっ、ここにもシマジのスパイシーハイボールがあるじゃないの。お嬢も緊張しすぎだね。シマジ、なにか面白いことを言って2人を笑わせてくれ。
首藤:わたしもやっぱり緊張しています。
シマジ:むかしむかしあるところにお爺さんとお婆さんが住んでいましたとさ。
立木:話が長すぎる!
杉山、首藤:アッハハハハ。
立木:OK、あとは適当にしゃべっていてくれればいいからね。
シマジ:タッチャン、料理を撮ってもらわなければ・・・。
立木:そうだったよな。
杉山:料理はすでに4品用意しています。まずこれはMAIMONの人気メニュー、ジャパニーズプラッターです。
シマジ:なるほど。大皿の上に盛り沢山の生牡蠣オンパレードだね。
首藤:美味しそう。
立木:お嬢、おじさんがすぐに撮ってそちらに回すから待っててね。
シマジ:砕いた氷のなかに妖しく光るその物体はなんなんだ。
杉山:これはライトキューブというもので、こうして涼しそうな青い光を放つものなんです。今週末この物体をサロン・ド・シマジのバーに持っていきますから、これを入れてスパイシーハイボールを作ったら夏は風流になるのではないかと思うんですが。
シマジ:うん、それは面白いかもね。ヒロエに言っておくよ。
立木:はい、お嬢。存分に召し上がれ。
首藤:ありがとうございます。凄く美味しそう。でもこれを1人で食べるんですか。
シマジ:大丈夫。わたしがお手伝いしましょう。首藤さんはランチは抜いてきたんでしょうね。
首藤:はい、朝も軽めにしておきました。
シマジ:それならこれくらいイケますよ。
杉山:召し上がる順番ですが、左から右に、まずは兵庫の宝津、厚岸、津島、壱岐と続きます。左から召し上がってください。
シマジ:凄い!壱岐の牡蠣まであるんだ。この間、格之進で熟成牛肉に壱岐の牡蠣を挟んで、その上にキャビアを山のように乗せて食べたことがあるけど、壱岐の牡蠣は小ぶりでねっとりして美味しいよね。
立木:シマジ、そろそろ歳を考えろよ。それじゃ栄養の取り過ぎだぞ。
シマジ:あの味こそいわゆる“大牢の滋味”っていうやつだね。
首藤:いただいてもよろしいでしょうか。
杉山:どうぞ、どうぞ。
首藤:うん、よく冷えていて美味しいです。
シマジ:この生牡蠣にはタリスカー10年のハイボールが合うんですよ。タリスカーの蒸留所があるスカイ島の牡蠣も小ぶりで美味かったです。でもこの牡蠣も負けてはいませんね。うん、美味い。ところで首藤さんは、どんな仕事をなさっているんですか。
首藤:北海道と東北地方の百貨店の営業をしております。
シマジ:じゃあ北海道の厚岸の生牡蠣はさんざん食べているでしょう。対馬と壱岐の牡蠣を食べてみてください。厚岸とはだいぶ違うと思いますよ。
首藤:うん、本当ですね。牡蠣って採れるところでこんなに違うものなんですね。
シマジ:首藤さんは資生堂に入社して何年目なんですか。
首藤:まだ4年目です。総合職事務系の営業として入社し、デパート営業本部に配属になって、千葉県の百貨店営業を皮切りに、現在に至っています
杉山:どうして資生堂に入りたいと思ったんですか。
立木:それは本来シマジが訊くセリフじゃないの。まあいいか。料理長にもなったことだし。
首藤:うちの祖母も母も資生堂一辺倒だったんですが、とくに祖母から「むかしは資生堂の専門店といえば化粧品を買う場所であるだけでなく、人生の相談事ができるような場所でもあったのよ」という話を聞き、興味が湧いてきたのです。資生堂という会社を調べていくと、お得意先やお客さまと共に美の文化という歴史を積み重ねてきているところにとても魅力を感じまして、わたしもその担い手の1人になれたらいいなあと思い、志望しました。
シマジ:でも資生堂に入社するのは、そう簡単なことではないんだよね。わたしも以前知り合いに頼まれたお嬢さんたちのことで、福原名誉会長に推薦をお願いしたことがあるんですが、それでも3人も落ちてしまったからね。1人なんて聖心女子大のいい子だったんですがね。
立木:シマジが絡んでいる段階でその子たちは落とされたんだよ。決まっているじゃないの。いまでこそ一見紳士然としているけど、もとをただせばプレイボーイの編集長だったんだよ。
シマジ:うん、そうかもね。彼女たちにとって逆に悪いことをしたかもね。
立木:お嬢だってシマジの紹介だったら落ちていたかもね。シマジとは今日はじめて会ったんでしょう。
首藤:はい。
立木:よかったね。おれなんか40年前にこいつにたまたま会ったばっかりに、いまだにこんなにこき使われているんだよ。
シマジ:なんと言われようと、おれはタッチャンと一緒に仕事がしたいんだよ。
杉山:お2人とも格好いいです。