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第8回 日本橋 ショットバー Y's Land Bar IAN 横矢豊氏 第4章 酒こそ人生の学びの潤滑油である。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

横矢バーマンと対談していると、まさに、バーカウンターは人生の勉強机であると感じる。横矢バーマン自身が若いころ先輩たちから教えてもらったことを、いまは若いお客に教えているようだ。人生はじかあたりでしか学ぶことができないことが多い。そして酒こそそのときの潤滑油ではないだろうか。

シマジ:横矢さんは若いときから一流会社の社長や役員や会長に可愛がられたそうですが、その経験のなかで「これは凄い!」と感じたお話を聞かせてください。

横矢:某有名会社の社長、会長をなさった方からお聞きしたお話には驚きました。

シマジ:うん、面白そうだぞ。

横矢:その方は新卒でその会社に入社して、当時のいわゆる猛烈社員となって働いていました。ご結婚されて鎌倉に自宅があったんですが、ご本人は部長職ぐらいのころから会社の近くにマンションを借りて住み、社長、会長にまで出世なさった方です。
会社をお辞めになられたとき、思うところあり、長年連れ添った奥さまにその先なにひとつ不自由することのない多額のお金と離婚届けを渡されたんだそうです。しかし驚いたことに奥さまは、いつもと同じ笑顔で「わかりました」とその方を自由にしてくれたそうです。

シマジ:そんな話を打ち明けられた横矢さんは、よほどその方に好かれ信用されていたんでしょうね。

立木:うん、それは見事な熟年離婚だね。金がないシマジにしてみたら、女房と別れるなんて現実的に考えたこともないだろう。

シマジ:わたしは学生のころから女房と住んでいますが、金があろうとなかろうと離婚しようと思ったことはないですよ。まあ女房は人生の戦友だと思っています。結婚は1回だけで十分だとも思っていますしね。

立木:そうだったな。お前が集英社に入社するとき、アパートに総務部長がやってきて女の存在がバレたものだから、畳に土下座して、集英社に入れてくださいと懇願したんだったっけ。

シマジ:まあそういう古い話はもういいじゃないですか。今日は横矢さんの“爺キラー”の面白い話を聞きましょうよ。

横矢:何万人もの部下を抱えるリーダーの方には面白い方が多いですね。そういう方に自分は人生の奥義を沢山教わりました。これは某有名ビール会社の社長さんでしたが、いつもビールの栓抜きをポケットに忍ばせているんです。そして自分が出席するパーティーには早めに出かけて行って、自分の会社のビールだけちゃっかり栓を抜いて回るんだそうです。ほかの沢山のビールは栓が空いていない。そうすると、栓が空いている自社のビールからなくなっていくそうです。社長になってもそういう地道な“営業活動”をやっているところを微笑ましく感じたものです。

シマジ:愛社精神を自ら発揮していたんでしょうね。

立木:でもそんな社長の下で働く部下は、本人と比較されてはたまったものではないよな。

横矢:そういうお偉いさんの凄いところは、例えばたまたまカラオケバーで親しくなった初対面の人たちともう一軒ハシゴしたとするでしょう。まあ財力的にその方が纏めて奢るのは簡単なことでしょうが、実際には必ずワリカンにするんですよ。不思議に思っているとそのお偉いさんが教えてくれたんです。「なかには自分より金持ちがいたり、自分よりエライ人がいたりするものだよ」と。

シマジ:そうですか。わたしはどうもワリカンがむかしから苦手ですね。

立木:シマジは見栄っ張りなだけなの。これから時と場合を考えてワリカンにしなさい。

唐川:今日は大変勉強になりますね。

横矢:ぼくは若いころからサントリーという会社が大好きでした。なにしろ芥川賞作家の開高健さんや直木賞作家の山口瞳さんを世に出した会社ですからね。文化を重んじる会社だと尊敬していたんですが、反面仕事もちゃんとやっているところが好きなんです。

シマジ:たしかにサントリーは酒という嗜好品で大きな収益をあげ、それでサントリーホールのような立派な文化施設を作ったというのも凄いですよね。

横矢:昭和50代に出たサントリー社史を古本屋で見つけて読んで驚いたことがあるんです。すでにそのころ「1兆円企業を目指そう」と書いてありました。その目標の高さに感心したものです。

立木:ところでさっき話に出てきた谷川ってやつは先日この連載の取材で「Wodka Tonic」と「水楢佳寿久」を訪ねたとき、玄関でおれたちを待っていてくれた男のことだろう。いまどき珍しいなかなか健気な男じゃないの。

シマジ:そうです。あいつには「島地勝彦公認工事現場監督」の称号を与えています。有能な男なんです。うちのすべてのエアコンは彼に取り替えてもらっていますし、床をピカピカに磨いてくれるのもあいつの力です。天井からユンカーズと零戦をぶら下げてくれたのも谷川なんです。でも谷川はいいやつなんですが、誤解されるところが多いんです。

横矢:その通りです。谷川はいいやつなんですが、あいつ自身好き嫌いが激しく、また中には谷川のことを嫌う人もいるんです。あるときぼくの知り合いと谷川の知り合いが合同でパーティーをやることになったんですが、ぼくの知り合いが「谷川が来るならおれ止めとくわ」と言うんです。そこでぼくが「おれに免じて出席してくれ」と全員を説得したことがあります。そのパーティーの帰り際「谷川さんて、意外と面白い人ですね」と言われましたけど。あいつが「嫌われたっていいよ」という態度を取ったとき「お前、人間は嫌われるより好かれるほうがどれほど人生が愉しいと思う?」とぼくはよく言ってやっていました。

シマジ:谷川は横矢さんの薫陶もあってなかなか魅力のある男になってきましたよね。

横矢:でも、今度子どもが生まれるそうなのでもっと大人にならなければダメですね。まあ以前よりはましになったでしょう。ぼくはなんだかんだ言ってもあいつが可愛くてしょうがないんです。でもあいつに連れられて広尾のサロン・ド・シマジ本店にお邪魔したときは、驚きました。谷川がシマジさんのところにあるボトルを勝手になんでも断りなしに飲んでいるので、とうとう怒鳴られたでしょう。シマジさん、覚えていますか。

シマジ:覚えていますよ。あれ以来、谷川は一応わたしに断ってから飲んでいますね。

立木:シマジのボトルは全部栓が抜かれているから、谷川も気軽に飲んだんじゃないの。

シマジ:でもあいつは来るたびに、オールドレアなシングルモルトを持ってきてくれるんです。だからわたしは大目にみていたんですよ。

唐川:男の人って面白いですね。女性には理解できませんね。あっ、そうだ。横矢さんのお肌チェックを忘れていました。すみません、こちらまで来ていただけますか。

横矢:では、ここでいいですか。

唐川:はい。西暦何年のお生まれですか。

横矢:1952年です。

唐川:結果が出ました。Dでした。いまは乾燥する時期ですのでDはいいほうです。

立木:この間谷川がいたとき、あいつの肌チェックもしてやったらよかったね。

シマジ:あいつは忠実にSHISEIDO MENの愛好者だからCかBは獲得するんではないのかな。

横矢:そうだ。シマジさん、取って置きのバージョークを1つ教えてください。今夜のお客に披露したいんです。もちろんシマジさんに今日教えてもらったものだと言って。

シマジ:では取って置きのを1つ。
「1人の男がここのようなシックなバーに入ってきてカウンターに座った。男はバーマンに注文した。『マッカラン10年をストレートのダブルで2杯頼む』そうしてグラスが空になると、男はまたマッカランを2杯注文した。1人黙々と飲み続けている男にバーマンがたまらず語りかけた。
「お客さま、どうして2杯ずつ注文なさるんですか」
「よく訊いてくれた。じつはこの間わたしの無二の親友が食道がんで亡くなったんだ。そいつとわたしはしょっちゅう会ってよくジョークを言い合いながらマッカランを飲んだんだ。そして、いつかどちらかが先に死んだら、この世に残った方が死んだやつの分を必ず注文して飲むことにしようじゃないか、と約束したんだ。だからこちらの1杯はわたしの分でそちらの1杯はあいつの分なのさ」
「いいお話ですね。感動しました。ぜひわたしに1杯、いや2杯ご馳走させてください」
「ありがとう。それでは遠慮なくいただくよ」
それから数日が経って再びその男がやってきてカウンターに座るやいなやこう言った。
「この間のマッカラン10年を1杯頼む」
「えっ、今日は2杯ではないんですか」
とバーマンが怪訝そうに尋ねると、男は静かな声で応えた。
「いやいや、1杯でいいんだ。じつはわたしにはドクターストップがかかってね。今日から禁酒しているんだよ」

新刊情報

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である
(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

ワイズランドバーイアン
Y's Land Bar IAN

東京都中央区日本橋本町1-4-3 ヴィラアート日本橋B2F
03-3241-4580
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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