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最終章 島地勝彦氏 立木義浩氏 思い出の記   何事にも始まりがあれば終わりがある。

撮影:立木義浩

立木:シマジ、この連載はいったい何年やったんだ?

シマジ:数えてみましたら6年でした。

立木:と言うことは72軒のバーやレストランを取材したことになるんだな。

シマジ:最初の1年間は、わたしに関わりの深いさまざまな出版社の現役の編集者たちに登場してもらうシリーズをやりました。それからバーマンと料理人のシリーズを5年間やったわけですが、中には親子や夫婦など1つの店から2人登場してもらうこともありましたから、実際の数を数えたところ、67人ものバーマンや料理人をタッチャンに撮影してもらっていましたよ。編集者12人を加えるとトータルで79人ということになります。

立木:おれもよくそんなにシマジに働かされたもんだ。いちばん遠いところでは、一関に行って「ベイシー」の菅原マスターと「アビエント」のマツモトバーマンを撮影したことをよく覚えている。

シマジ:タッチャンは個人的によく「ベイシー」に行っていたそうじゃないですか。ですからマスターである正ちゃんに、タッチャンがどんな感じで撮影の仕事をしているのか見せてあげたかったんですよ。正ちゃんもタッチャンの仕事の速さには感心していましたね。

立木:そうそう、あの店のスピーカーの音には痺れるんだよ。だからあそこには以前よく通ったもんだ。

シマジ:そう言えばマツモトバーマンが、「立木先生に妻とわたしを撮ってもらいましたが、後日たくさん送られてきた写真はほとんどが妻を写したもので、わたしが写っているのは1枚だけでした」と嘆いていましたよ。

立木:よく覚えていないけど、マツモトの奥さんはきっと美人だったんじゃないのか。

シマジ:でもタッチャンのサービス精神には感服しています。だって「スピーゴラ」の鈴木シェフの注文通り、看板犬と一緒に撮った写真をちゃんと送ってあげるなんて、なかなかできないことですよ。鈴木シェフが「一生の記念に撮ってください」と言ったとき、タッチャンが「1枚100万円だけど」とジョークを飛ばしたのも素敵でした。

立木:まあ、被写体となった人たちが喜んでくれたならいいじゃないの。

シマジ:タッチャンに撮ってもらった人はみんな、その写真を家宝にしていますよ。編集者のセオなどは自分があまりにもイケメンに撮ってもらったので、スマホの待ち受け画面に使っていましたよ。しかも“撮影・立木義浩”とわざわざ入れてね。

立木:「セオはまだか」のセオか。懐かしいな。あいつは元気か。

シマジ:元気ですよ。ところで、タッチャンがいちばん印象に残っているバーかレストランはどこですか。

立木:うーん、撮影の後日プライベートで食べに行った店も何軒かあるけど、みんな見事な職人技で優劣つけがたいな。でも、そうだな、銀座の肉料理の職人、和知シェフの「マルディ・グラ」かな。あの気前のいいボリュームには感動したね。

シマジ:その和知シェフが、取材のあとわたしの舌と勝負したいと言ってきて“食の十番勝負”を1年にわたりやったんですよ。

立木:あの名シェフに、お前もよく見込まれたもんだな。それで結果はどうだったんだ。

シマジ:10戦10敗でしたね。わたしの完敗でした。でも、タッチャン、人生には負ける喜びってものがあるんだと、この歳になってはじめて知りましたよ。

立木:なるほど、負ける喜びか。それは深い。シマジが勝ったら美味くなかったということだろうからな。

シマジ:しかも和知シェフはメニューにないものばかり出してきましたね。

立木:それは1人で食いに行ったのか。

シマジ:食事は1人より2人で食べたほうがさらに美味くなるものですから、食通のモリタと行きました。もともと「マルディ・グラ」はモリタの紹介でしたので。彼はいつもライカの小型カメラを持っているので、10番勝負のすべての料理を撮って記録してくれたんです。それは講談社「現代ビジネス」のわたしのメルマガに掲載中ですので、読者のみなさん、ご興味ある方はぜひ覗いてみてください。

立木:ここでちゃっかり他の連載を宣伝するところがシマジらしいよな。おまえが最近、これは美味い!と思った料理を教えてよ。

シマジ:直近では神宮前の「La Patata」で食べた的矢の岩牡蠣ですね。ここもモリタの紹介の店で彼にご馳走してもらったんですが、久しぶりにほっぺが落ちましたね。

立木:岩牡蠣はいまがシーズンだからね。

シマジ:それも土屋シェフが的矢のいちばん大きな岩牡蠣を仕入れた上に、味付けが凝っていましたね。よく酸味が効いていたので「これは上等の酢ですね」と訊いたら「イタリアの白バルサミコです」と言われましたよ。あのさっぱり感はたしかに日本の酢では難しいかもね。しかも大きな貝殻から剥がした岩牡蠣の身を切って別の皿に入れて、細かく刻んだキュウリと赤ピーマンがトッピングされているんです。岩牡蠣のこってり感、それとキュウリと赤ピーマンのサクサク感がじつにいいコンビネーションで、また料理も皿もよく冷えていて気持ちよかったですね。目の前に並ぶ大きな岩牡蠣の殻を見ながら絶妙な調理をほどこした牡蠣を食べる醍醐味は、これまた格別でしたね。

立木:聞いただけで美味そうだ。近々おれを連れて行ってくれ。

シマジ:喜んで。

立木:ほかにもまだ美味いものを隠しているだろう。この際、読者のためにも情報を公開したほうがいいんじゃないの。

シマジ:では、かなり以前に取材した西麻布の「コントワール ミサゴ」って覚えていますか。

立木:ああ、シマジの好きなジビエの店だろう。

シマジ:そうです。去年の暮れに、その「ミサゴ」にヒグマの食材が大量に入りまして、土切シェフと試食しながら肉の味をよく吟味したんです。そして単なるステーキばかりではなく、ヒグマのしゃぶしゃぶ風のメニューを1つと、ヒグマをルイベにして刺身で食べる方法を考えたんですよ。

立木:いい歳をしてそんなに精をつけてどうするんだ。

シマジ:“元気が正義”ですからいいんですよ。でもヒグマは仕留められたときにストレスがなかったかどうかで肉の味がまったく違ってくるんです。今回「ミサゴ」に入った150キロのヒグマは格別に美味かったですね。これは罠で生け捕りにしてから4日間大好きなドングリ、クルミ、クリを山ほど食べさせたところを、槍で心臓を一気に突いて絶命させたヒグマで、血抜きの下処理も完璧なものでした。わたしは毎年ヒグマを食べていますが、これがいままでで一番美味かったですね。まだ「ミサゴ」にあると思いますので、食べたい方は予約してください。

立木:ヒグマか、臭くないのか。

シマジ:それがまったく臭みがなくて、脂身は雪のように白く、そこが赤身よりナッティな香りがして美味いんですよ。わたしは牛肉よりも豚肉よりも、ジビエのなかでもイノシシよりもシカよりもヒグマが美味いと思いますね。肉の王様です。

立木:ヒグマはお前に任せる。おれは岩牡蠣でいいよ。

シマジ:ほかにはわたしのマンションからいちばん近い「雄」でスッポンのモモの塩焼きを作ってもらって食べましたが、これも食通好みですね。スッポンのモモの塩焼きはとろ火で焼かないとコラーゲンと脂肪が強いので燃えてしまうんです。

立木:どれくらいかけて焼くの。

シマジ:40分くらいはかかりますね。

立木:それは手間暇かかっているね。

シマジ:ですからスッポン専門店ではモモはたいてい唐揚げで出てきます。

立木:あと最近ではなにを食べているんだ?

シマジ:「雄」の近くの「言の葉」という店は覚えていますか。

立木:お前が横着して1日で2軒分取材したところだろう。鉄板の洋食と和食のカウンターがあるところだよな。

シマジ:ご明察です。あそこの肉は山形県の尾花沢牛を仕入れているんですが、わたしは120グラムくらいのヒレ肉をビーフカツレツにしてもらって食べるんです。これがまた抜群の美味さなんですよ。

立木:シマジをえこひいきしてやっているシェフは、本当に大変だね。

シマジ:これは渡邊シェフと相談して作ったものですが、前もって予約すれば誰でも食べられますよ。尾花沢牛はモーツァルトを聴かせながら育てているので、肉質が柔らかくてうま味があるんです。

立木:わかった。その牛カツレツに、お前は得意気にイカリソースをかけて食べているんだろう。

シマジ:バレましたか。ソースはイカリですよ。タッチャン、さすがです。それにしても、今まで本当に、長きにわたりお付き合いいただきありがとうございました。

立木:お前とはまだ現代ビジネスの『タリスカー・ゴールデンアワー』もやっているし、メンズプレシャスの『お洒落極道』もやっているじゃないか。おれよりもむしろこの連載の読者と資生堂にお礼を言ったほうがいいんじゃないの。

シマジ:読者のみなさま、本当に長いこと読んでいただきありがとうございました。そして長らくお付き合いいただいた資生堂のみなさまに、こころから感謝いたします。 

(完)

新刊情報

神々にえこひいきされた男たち
(講談社+α文庫)

著: 島地勝彦
出版: 講談社
価格:1,058円(税込)

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