第12回 新宿 BAR LIVET 静谷和典氏 第4章 人生で重要なのはじかあたりである。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

就職という人生の一大事において大切なことは、やはり自分が大好きな職業に就くことではないだろうか。特定の会社に対する強い憧れが動機であってももちろんいいだろう。
わたしが集英社を選んだのは、どうしても編集者になりたかったからである。しかも運よく週刊プレイボーイの編集者になることができた。振り返ってみるに人生は、運と縁に大きく左右されるようだ。
静谷和典バーマンも一度はアパレルのバイヤーとして身を立てようとしたのだが、その後あえてバーの世界に身を投じたのは、やはりバーカウンターに立ちたい夢が大きくなり、居ても立ってもいられず転職したのだという。
負けず嫌いで頑張り屋の静谷は、営業時間外にも努力を怠らず、睡眠時間を削るほどの猛勉強をして、ウイスキーに関する沢山のタイトル保持者になった。これもこの世界が大好きだからだろう。まさに好きこそ物の上手なれである。

静谷:シマジさん、そこに掛けている革のブルゾンはモンクレールではないですか。いい色に年季が入ったところを見ると、まだフランス製だった頃のものではないでしょうか。

シマジ:静谷、さすがは、むかし取った杵柄、だね。もう20年近く着ているモンクレールだよ。当時はいまのようにモンクレールのマークが入ってなくて。そうそう、イタリア製ではなくフランス製だったんだよね。

静谷:どこで買われたんですか。

シマジ:ヴェネチアのブティックだったかな。その当時から「美しいものを見つけたら迷わず買え」で生きていたから、即買いですよ。

静谷:高かったでしょう。

シマジ:わたしは買ったものの値段はすぐに忘れるようにしているんです。でもいいものは長持ちするもので、これはいまでも寒いときには重宝していますよ。

静谷:たとえ冬のスコットランドでもへいちゃらでしょうね。

シマジ:ところがわたしは大の寒がりで、スコットランドは8月しか行かないことにしています。8月といっても最高温度は25度位だし、朝晩はグッと温度が下がって寒くなるから、ヘルノのダウンを必ず持参していますよ。

静谷:わかります。わたしも10月に行ったときは、寒くて震え上がりましたから。

シマジ:あの厳しい気候のなかで静かに眠って熟成しているから、ふくよかで美味しいシングルモルトができるんだろうね。

静谷:あとは水でしょうか。あのピートの土壌をくぐり抜けてくるから、仕込み水が秀逸なんですよね。

シマジ:でも静谷、こんなにウイスキーブームになるとは誰が想像しただろう。1983年には26の蒸留所が営業停止に追い込まれるほどウイスキーが不人気だったなんて、いまでは考えられない話だよね。

静谷:そうですね。そのなかにシマジさんの大好きなポート・エレンも含まれているんですよね。

シマジ:あれは強烈すぎて、ブレンデッドウイスキーとして使えなかったらしいね。それにしても、いまでも1年に1度リリースされるのが慰めになっているけど、年々値段が上がっていくのは辛いよね。今年は16thかな。

静谷:ポート・エレンは、果たして何番目まで出すんでしょうか。

シマジ:いずれポート・エレンの樽はなくなるだろうけど、20thまでは頑張るんではないでしょうか。

静谷:最後にボトリングされるポート・エレンは大人気でしょうね。

シマジ:いまですらポート・エレンはシングルモルトラバーにとって垂涎の的だから、最後のボトリングなんて、そりゃあ大変なことになるだろうね。そうそう、日本橋のイアンの横矢バーマンが言っていたけど、シリーズのものはファーストとラストのボトルは買うべきだって。

立木:イアンか。あの菊の御紋がついたサントリーのボトルを撮影したところだね。

シマジ:さすが、タッチャン、そうでした。

静谷:へえ、菊の御紋がついたウイスキーがあるんですか。

シマジ:静谷、少し前に掲載した横矢バーマンの回を読んでください。詳しく載っています。

静谷:わかりました。必ず読みます。

佐藤:ところでシマジさんはどうして集英社に入社されたんですか。

シマジ:わたしが集英社の入社試験を受けたのはいまから52年前ですが、そのころ明星、週刊明星、おもしろブック、りぼん、などの人気雑誌を出していながら、集英社という出版社については、まだあまり知られていませんでした。わたしはたまたま入社する前に本屋で集英社刊の世界文学全集を見つけて、ヘンリー・ミラーなどを新しい翻訳で読み、凄い会社なんだという認識がありましたから、集英社を受けたんです。それでも当時の応募者は1500人いたという話です。合格者はたったの9名でした。そのなかに運よくわたしも入っていたんです。でもその頃の社員数は200人未満だったと思います。それがいまから9年前、わたしが引退した頃には、800人近くまで膨れあがっていたんですよ。もっとも、いまでは集英社を知らない人はいないと思いますがね。

立木:シマジのような勉強のできない男が、1500人から9人という熾烈な競争のなかでよく勝ち残れたものだね。

シマジ:わたし自身、そう思いますね。大学の推薦枠に入れず、新聞で公募しているのを知って応募したんですから。入社試験の前日、なんとはなしに明治神宮にお参りしたんですが、そのご利益だったのかもしれませんね。

静谷:かなり神っていますね。

シマジ:人生はそんなものですよ。運と縁とえこひいきがあればなんとかなるものです。

佐藤:編集者という職業はいろんな方にお会いするでしょうけれど、最も影響を受けた方はどなたですか。

シマジ:それはここにいらっしゃる立木先生でしょう。ですからこうしていまも3つの連載で一緒に仕事をしているんですよ。

立木:シマジ、そんな見え透いた嘘をつくんじゃない。単にお前にとって使い勝手がいいから、おれを使っているんだろう。

シマジ:いえいえ、わたしはタッチャンのセンスが大好きだからですよ。しかもどんな条件でも、必ずいい写真を撮ってくれるではないですか。

佐藤:この連載は天下の立木先生に撮っていただけるとあって、社内でも評判です。

立木:嬉しいことを言ってくれるね。だけどシマジには、もっと大きな影響を及ぼした3人の師匠がいるんだよ。柴田錬三郎、今東光、開高健、この3人の先生なくしていまのシマジは存在しないと言っても過言ではないんだから。

シマジ:その通りです。大学では劣等生でしたが、柴田大学、今大学、開高大学では、まさに特待生でしたね。いまでも足繁く墓参りしていますよ。

佐藤:それは凄いことですね。

シマジ:今東光大僧正に教わったことですが、人間の運はお金と同じで使うと減っていくそうなんです。唯一運を充填する方法は墓参りしかないんです。でも静谷バーマンや佐藤さんはまだ若いから、まずは素敵だなと思える先輩に出会うこと、そして出会ったら、その先輩の素敵な魅力を真似てみるんです。さらに言えば、それを盗むぐらい貪欲になるのもいい。わたしはいまでも立木先生とこうして仕事をしながら、立木先生の魅力を盗んでいるんですよ。

立木:おれには盗まれるものなんて、もうなにも残っていないはずだけどね。

静谷:お客さまでも素敵な方がいらっしゃいますが、盗んでいいんでしょうか。

シマジ:もちろんです。わたしも伊勢丹のバーにいらっしゃるお客さまから教わったり、盗んだりしていますよ。

佐藤:ああなりたいなあと思う上司がいたら、その方に教えを乞えばいいんですか。

シマジ:そうです。ただ遠くから見ているのではなく、人生で重要なのはじかあたりなんです。

佐藤:じかあたりですか。いい言葉ですね。

立木:シマジはじかあたりで親しくなって、赤の他人の七光りでえこひいきされて、ここまできたんだからね。

シマジ:静谷、もう一杯グレンリベットのハイボールを作ってくれる。

静谷:かしこまりました。

<次回 4月14日更新>

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