1000の真実

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1000の真実

ケア方法を知る

肌のケアも「自立」が大切
心とのつながりも忘れずに
第3回 アトピー性皮膚炎を悪化させる意外な要因とは

皮膚の病気と心の関係に着目した「皮膚心身医学」を専門とする、若松町こころとひふクリニックの檜垣祐子院長。敏感肌の人が無意識に行っている間違いケアや、アトピー性皮膚炎が悪化する意外な要因などを、フリーアナウンサーの八塩圭子さんがインタビュー。疾患後の肌を健やかに保つ秘訣を全4回でご紹介します!

一度よくなった症状が
再発するのはなぜ?

八塩圭子さん(以下、敬称略):同じアトピー性皮膚炎でも、子供のときに治る人もいれば、一度は症状が落ち着いたけれど大人になってから再発する人、重症化してしまう人など、いろいろなケースがあると思います。そうした違いはどのような原因によって起こるのでしょうか。

檜垣祐子さん(以下、敬称略):アトピー性皮膚炎は基本的に薬物療法を中心とした正しい治療を行うことで改善する場合がほとんどです。

また、乳幼児で発症した場合は自然とよくなっていくケースも多く、16歳を過ぎると全体の約90%が自然寛解するという報告もあります(*3)
*3 阿南貞雄、山本憲嗣.,皮膚 1996; 38(Suppl.18)
: 13―16
ただ、おっしゃるとおり、10代の頃に寛解したものの、20代、30代でまた発症する場合もありますし、重い症状を子供の頃から引きずる場合もあります。
その要因はさまざまですが、皮膚心身医学の観点で見るとストレスが大きく影響している例が少なくありません。
10代後半では受験、20代で就職すると仕事上の問題や職場の人間関係、さらに家庭をもつと家族との関係など、ライフステージによって多様なストレスが発生しますよね。

そうしたストレスは誰にでも多かれ少なかれあるものですが、アトピー素因があるとストレスを感じたときにかゆいところを掻いたりこすったりする行動に走りやすいのです。この行動のことを医学的には「掻破(そうは)行動」といいます。

八塩:かゆみを感じるときにその部位を掻くのは気持ちがいいですものね。そうすることでストレスを紛らわしたり、解消しようとしたりしているということでしょうか。

檜垣:そうなのです。掻くと気持ちが落ち着いたり、イライラした気持ちが鎮まったりするのですね。そうすると、掻くことがクセになってしまって、とくにかゆみがあるわけではなくても掻いてしまうようになります。
こうした掻破行動は肌を傷つけ、バリア機能を破壊する要因になります。そのせいで炎症が悪化し、さらなるかゆみや湿疹を引き起こすという悪循環に陥ってしまうのです。

「書く」ことで「掻く」動機や
タイミングが見えてくる

八塩:ストレスが掻くという行動につながって、アトピー性皮膚炎を悪化させる要因になっているというのは意外でした。皮膚心身医学とおっしゃられましたが、そもそも先生がストレスとアトピー性皮膚炎の関係に着目されたきっかけを教えていただけますか。

檜垣:20年ほど前、東京女子医科大学病院皮膚科のアトピー外来を担当していたのですが、治療を続けていてもなかなか症状が改善しない患者さんも多く、診療方針に悩んでいた時期がありました。そうした状況のときにストレスによる掻破行動についてお話を聴く機会があり、同病院の精神科の先生に相談してみたのです。ちなみに、当時の精神科の医局長が今の私どものクリニックでメンタルケア科を担当されている加茂登志子先生でした。
 そのときの話し合いをきっかけに、入院治療中の重症のアトピー性皮膚炎の患者さんに精神科医が面接を行い、患者さんの病歴を生活環境や対人関係など、心理社会的側面から聴き取る取り組みが始まりました。すると驚くことに、入院前1年間にアトピー性皮膚炎の悪化に関与したと思われるストレスのあったケースは85%に及んでいたのです。
 さらに掻破行動について尋ねると、患者さんの多くがしょっちゅう掻いている自覚をもっていました。ただ、「かゆいから掻く」のであって、ストレスとの関係まではその段階ではわかりません。
 そこで、どういうときにどのくらい掻いているか日記をつけてもらうことにしました。すると、イライラしたときに掻く、寝る前に必ず掻く、といった患者さんそれぞれの掻破行動のパターンが見えてきたのです。それがわかってからは治療もぐんとスムーズになりましたね。


檜垣院長はスクラッチ日記の記録を患者さんに勧めている

八塩:記録することで客観的に自分の行動が見えてくるわけですね。

檜垣:そう、「掻く」より「書け」と言ったりしているのですけれど(笑)。自分がどういうときに掻きたくなるのか認識できるだけで、掻く回数は自然と減っていくものなのです。
 掻破行動がある人にとって、掻く回数が減るということはアトピー性皮膚炎の悪化因子を減らせるということでもあります。悪化因子が減ることで、薬物療法の効果も表れやすくなります。

100点満点より60点主義 
自分を楽にしてあげよう

八塩:日記のつけ方のポイントはありますか?

檜垣:診療では、掻いた時刻、部位、かゆみの有無、掻いたきっかけ、状況について所定の用紙に記入する「スクラッチ日記」を勧めています。簡便なので患者さんも取り組みやすいようです。もちろん、自分で探してきたノートに罫線を引いて記録するなど、自分が実行しやすいスタイルであれば何でもOKです。
 また、掻く度にメモしなくてはいけないの?と思う人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。1日を振り返って思い出せる範囲で記録すれば十分です。


スクラッチ日記 記入イメージ

八塩:完璧を目指そうとしなくてもよいのですね。

檜垣:そのとおりです。0か100かみたいなことになってしまうとそれがまたストレスの原因になることもありますし、うまくいかなくなったときに軌道修正するのが難しくなったりすることも少なくありません。
 心身医学の先生方がよくおっしゃるのは、「100点満点ではなく、60点主義を目指そう」ということ。そのくらい肩の力を抜いて、何事にも柔軟な姿勢をもって取り組んだほうがいろんな面で楽になれますよね。
 掻破行動もゼロにしなくてはならないということではありません。掻く回数を減らしつつ、薬物療法できちんと治療を行って皮膚の機能がしっかり働くようになれば、少し掻いても炎症は起こりにくくなっていきます。

八塩:洗いすぎ、こすりすぎ、保湿しすぎの「3すぎ」のように、肌に手をかけすぎるのは控えたほうがよいけれど、一方で自分の肌についてきちんと知り、常に気にかけることも大切なのだな、と先生のお話を伺っていて感じました。

肌のケアは自分をケアすることと同じ 
治療の経験から得た学びを大切に

檜垣:そうなのです。なぜかというと、肌は自分自身だからです。肌のケアをするということは、自分自身のケアをするということでもあるのです。それがわかると適切なケアができるようになりますし、結果的に肌の状態もよくなっていきます。
 さらに肌のことだけでなく、自分のケアをすることで心地良さを感じたり、精神的に安定するようになると、人に対してもやさしくなれるという利点もあります。

八塩:自分を大切にできるから、人のことも大切にできるようになるのですね。

檜垣:そういうことも皮膚心身医学の重要なところです。肌の状態がくなればよ治療自体は終わりますが、その後も人との関わりの中で自己実現をしていくことができる自分であってほしい。実際、治療の経験から得た学びによって、人として成長していかれる患者さんも多いです。
 心理医学的アプローチのひとつに、数名の患者さんが集まってそれぞれの体験や治療への取り組みなどを話し合う「グループ療法」があるのですが、参加した患者さんから「今までつらいのは自分だけだと思っていたけれど、人のつらさがわかるようになった。アトピー性皮膚炎になってよかった」という声なども聞かれます。そこまで言えるようになるのはすごいことですよね。

八塩:治療の経験を糧にして、人間的に大きくなっていくこともできるのですね。
 ただ、子供の場合はストレスがあっても自覚できなかったり、自分で薬を塗ったりスキンケアをすることができないので、親が手助けしなくてはならない面も多いと思います。そのあたりについてもぜひ教えていただけますか。

profile

八塩 圭子

フリーアナウンサー/東洋学園大学商学部准教授

1993年、テレビ東京入社。報道局経済部で記者を務めた後、同局アナウンス室に異動。2002年より法政ビジネススクールでマーケティングを専攻し、2004年に修了(MBA取得)。2003年、同局を退職しフリーアナウンサーとして活動を開始。テレビ、ラジオ出演の一方で、2006年から関西学院商学部准教授。その後、2009年から学習院大学経済学部経営学科特別客員教授としてアカデミックな分野でも活躍。

檜垣 祐子

若松町こころとひふのクリニック院長

医学博士。皮膚科専門医。1982年、東京女子医科大学卒業後、東京女子医科大学皮膚科に研修医として入室。専門はアトピー性皮膚炎、皮膚心身医学。スイス ジュネーブ大学皮膚科および免疫病理学教室留学、東京女子医科大学皮膚科助教授、東京女子医科大学附属女性生涯健康センター教授(皮膚科兼務)などを経て現職。主な著書に『もっとよくなるアトピー性皮膚炎』(南山堂)、『皮膚科専門医が教える やってはいけないスキンケア』(草思社)などがある。

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