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第1回 新宿 ル・パラン 本多啓彰氏 第2章 バーの最高のおつまみはウイットに富んだ会話である。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

どうもこの世には「本を読む人」と「読まない人」の二種類が生息しているようだ。本多啓彰は本が大好き人間である。そこがわたしの大好きなところだ。それは飲みながらちょっと話すだけですぐにわかった。オーバーにいうと、本を読む人かどうかはその人の顔に刻まれているような気がする。嬉しいことにバーマン本多の枕頭の書は『水の上を歩く?』<開高健・島地勝彦共著>だそうである。幽界で開高さんがさぞお喜びのことだろう。ただ残念ながらその集英社文庫はいまや絶版であるのだが。

本多: あの本こそ大人の会話を学ぶための素晴らしい教則本です。世の中がだんだん幼児化するなかでもあれを何度か読めば、男同士の会話の愉しさの要諦が自然に身につくでしょう。どうしてタイトルが『水の上を歩く?』とつけられたのか。それを知るだけでも文化的な笑いを理解し、ささやかな教養人の仲間入りが出来るはずです。あの名著こそこれからの若い日本人のために復刻されるべきですね。

シマジ: いやいや、ありがとう。今度、開高さんの墓参りに行ったとき、本多ちゃんのことは伝えておくね。

本多: バーの最高のおつまみはウイットに富んだ会話なのです。

シマジ: それはいえるね。この間、伊勢丹新宿のサロン・ド・シマジにわたしの熱狂的な大学生のファンがやってきて、シングルモルトを10杯以上飲んでかなり酔っぱらい、わたしのことを褒めちぎり、おまけにほかのお客さまのセンスまで褒めはじめたら、本多ちゃんが「あれはシマジさんが雇っているサクラですか」といっていたけど、あのときはみんなで大笑いしたね。

本多: あの学生にはてっきりあとでシマジさんが「ごくろうさま」って、なにがしかのお金を渡すのかとホントに思いました。だって彼は酔っぱらいながら、2万円もする『うろつき夜太』を買い、シマジさんご愛用のペンハリガンのオー・ド・トワレのブレナムブーケを買っていたでしょう。思わずわたしは心配していったんです。「学生君、それは飲み物ではないからね」

シマジ: そうだったね。彼はたしか獣医学部の学生だったかな。あのときは本人が大トラになっていたね。

シマジ: 本多ちゃん、毎週日曜日サロン・ド・シマジにいらしてくれてありがとうね。

本多: とんでもない。あそこはじつに刺激的でお洒落なバーです。お客さまがみんなお洒落してやってくる。シマジさんとお客さまとの対話がまたじつに面白くて愉しい。あそこで飲んでいるとパワーをもらって元気になるんです。

シマジ: たしか朝日新聞だったか、あそこをニューパワースポットと以前書いていたよね。

山口: そうですか。わたしも是非行かなくちゃいけませんね。

シマジ: そうですよ。オープンのころ心配だったのかおたくの福原名誉会長がきてくれました。SHISEIDO MENが棚にズラリと並んでいるのをみて目を細めていましたよ。そうだ、山口さんにSHISEIDO MENの講習会をやってもらおうかな。わたしがシマジ流に教えるよりもはるかに価値があります。大学でいえばいま博士課程を卒業して助手になったところでしょう。

山口: それほどではありませんが、わたしでよければやらせていただきます。資生堂に恩返しをしたいのです。

立木: 彼女が講師としてカウンターに立つというならおれも参加しようかな。きれいな女性の仕草をただうっとりみているだけで男は幸せになるものだよ。ねえ、シマちゃん。

シマジ: タッチャン、それもそうだけど、SHISEIDO MENの正式な使い方の講習会はみているんじゃなく受けるものだよ。

本多: わたしも是非参加させてください。講習会は日曜日にしていただけませんか。

山口: 講習会はよくおやりになるんですか。

シマジ: はい、じつは伊勢丹の大西社長に「シマジさん、ここで文化を売ってください」といわれていますから、いままでいろんな講習会をやってきました。たとえば、シガー講座、コーヒー講座、紅茶講座、万年筆講座、スーパーメンズのモテモテデブデブ講座、今月はシングルモルト講座をわたしの師匠である先生にやってもらう予定です。

本多: 山岡さんはシングルモルトの泰斗です。面白そうですね。勉強になるでしょうね。それにも伺おうかな。

シマジ: 山岡さんは、日本人でいちばんスコットランドに通い、シングルモルトをいちばん飲んできた男でしょう。アイラ島の利き酒コンテストで5回連続チャンピオンになってるんですよ。

本多: 山岡さんは凄い人です。現地のシングルモルトラヴァーを差し置いて悠々優勝してしまうんですから。

シマジ: 山岡さんはしょっちゅう伊勢丹新宿店のサロン・ド・シマジにきてくれています。しかもわたしが昨年の9月にボトリングしたグレンファークラス32年ものを褒めてくれました。たしか3本買っていただいたかな。

立木: おれも飲んだけどあれは美味い。3万5000円だったっけ。あの香り、あの味で、あの値段は安い。シマジ、よくやった。あれは褒めてつかわす。

シマジ: 山岡師匠がいっていたよ、グレンファークラスのロゴよりもサロン・ド・シマジのほうが大きいのが痛快ですねと。

本多: そうですよ。あそこはうるさいオーナー経営の蒸留所ですからね。

シマジ: 「わたしのファンは金を出しても最高3万円台だ」というと、グレンファークラスのジョン・グラントオーナー会長はしばし考えてから「わかった。3万5000円にしよう。ただし一回限りだよ」ということにしてくれたんですよ。

本多: あれはうちでも大人気です。第一ポート・マチュアードって珍しいですものね。

山口: ポートマチュアードって何ですか。

本多: グレンファークラスはほとんどシェリー樽に入れて寝かせるんですが、シマジボトルはポートワインの樽に32年間も寝かせていたスグレモノです。山口さん、もし伊勢丹のサロン・ド・シマジを訪れるならグレンファークラス32年ポートパイプはお買い得ですよ。

山口: ごめんなさい。わたくしこうみえて下戸なのです。バーの雰囲気は大好きなのですが、残念ながら飲めないのです。

本多: それは仕方ありませんね。でもサロン・ド・シマジにはコーヒーも紅茶もありますよ。

立木: それが山口さん、普通のシングルモルトは一杯800円なのに、コーヒーが2000円で紅茶が1500円なんですよ。呆れるでしょう。

シマジ: でもあのコーヒーもあの紅茶も世界一美味いと確信しておれは出しているんだよ。

本多: あの紅茶やコーヒーには驚いていますよ。

立木: 本多ちゃん、値段にだろう。

本多: いえいえ、味と香りにです。

シマジ: おれの作った格言は沢山あるけど「バーカウンターは人生の勉強机である」というのはとくに気に入っているんだが、本多ちゃんも長いことシェーカーを振っていてそう思うでしょう。

本多: その通りだと思います。あるお客さまが教えてくれた言葉ですが、バーは孤独を受け入れるところなんです。大人の男が、孤独を受け入れる、孤独を憎む、孤独を愛する、そして孤独と戯れるのだ、といつもおっしゃっているんです。

シマジ: その男は人生をよく知っているね。

立木: じつに深いことをいうお客だね。おれもシマジと戯れてばかりいないで、そろそろ孤独と戯れようか。

山口: 孤独ですか。女性は耐えられませんね。一人って寂しくありませんか。

シマジ: あなたのような美貌を誇れる人は独りでいるのは勿体ないかもしれませんね。タッチャン、おれたちは孤独を愛そうね。

立木: もちろんだ。シマジ、今夜一緒に飲みたいなんて電話してくるんじゃないぞ。

本多: 孤独を愛するということは同時に、人間は独りではないということを知ることが出来るのです。

山口: 本当に今日は勉強になりました。 

今回登場したお店

新宿ル・パラン
東京都新宿区新宿3丁目6−13 石井ビル 3F

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