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第1回 新宿 ル・パラン 本多啓彰氏 第3章 人生は運と縁とセンスなんですよ。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

はじめて本多啓彰が伊勢丹新宿店のシガーバー、サロン・ド・シマジにやってきてから、はや1年になる。じつはわたしは本職のバーマンの前でシェーカーを振るのが苦手である。所詮わたしは71歳でデビューした“にわかバーマン”だからである。惻隠の情を持っている本多はそれを察してかどうかいつも「スパイシー・ハイボールをダブルでください」と注文してくれる。氷のぶっかけを入れた大きなタンブラーにタリスカー10年をダブルで注ぐ。サントリーのプレミアムソーダをその上から静かに入れる。決してかき回さない。よく日本のバーではかき回すが、あれは邪道だとわたしは思う。そんなことをすると折角のソーダのガスが飛んで行って消えてしまう。さらにサロン・ド・シマジでは最後にブラックペッパーをプッシュミルで振りかける。
 本多は毎週日曜日の5時ごろ現れてスパイシー・ハイボールをゆっくり3杯飲む。そしてパルタガス・セリーD No.2の葉巻を1本美味しそうに燻らす。さらにトリニダット・レイエスの小さなシガーを吸う。お蔭でサロン・ド・シマジのタリスカーの売上が全国のバーのなかでベスト5に入っている。そこに本多啓彰の貢献度は大である。

シマジ: 『水の上を歩く?』を枕頭の書にしているなんて本多ちゃんは嬉しいことをいってくれるね。

本多: お蔭さまであの膨大なジョークをすべて語れます。開高さんとシマジさんの文化的な対談もすべて暗記しております。

山口: 『水の上を歩く?』をわたしも買って読んでみようかしら。

立木: おやめになったほうがいい。あの本は女性にはエロくてヤバイですよ。

山口: そういわれるとますます読みたくなってきましたわ。

シマジ: 集英社文庫にあったんですがすでに絶版です。

山口: 本多さんが枕頭の書にまでしているのにどうして絶版なのですか。

シマジ: それは誰かがあの本をエロイ、ヤバイと判断しているからでしょう。

本多: どう考えてももったいない話ですね。

シマジ: 理不尽と思うけど、人生にはこのようにどうしようもないことってあるんだよ。

立木: じゃあ、ここで開高さんを偲んで『水の上を歩く?』に載っている名作ジョークの応酬をやったらどうだ。ただし今日は麗しき美人の山口さんがいるんだから、エロくてヤバイジョークははずしてくれよ。

シマジ: 立木先生、了解しました。はじめに本多ちゃんからお気に入りのジョークを語ってくれますか。

本多: わかりました。品のいい名作ジョークからやりますか。
「パリのキャバレーで大当たりをとっているマジシャンのウワサを聞きつけて、ハワード・ヒューズが目をひんむくようなギャラで、ラスベガスのサンズに彼を招聘した。そのマジシャンの人気の秘密は、人語を解するオウムのポアンが彼が魔術をやっているかたわらで、片っ端から種明かしをしてしまうところにあった。さて、マジシャンは飛行機嫌いだったので、サウサンプトンからポアンとともに船でアメリカへ向かった。ところが、タイタニック号と同じように氷山にぶつかって難破、マジシャンとポアンはゴムボートで漂流をはじめたが、どうしたことかポアンがじっと思い沈んだまま口を開かない。一夜あけ、一日たち、二日たち、マジシャンが『ポアン、いったいどうしたんだ。頼むから口をきいてくれ』とかき口説くと、ポアンは『ずうっと考えているんだけど、あんたがどこへ船を隠したのかわからない』」

山口: アハハハ、お上品な可愛いジョークですね。ポアンに会いたくなりますね。

立木: じゃあこの次はシマジだ。

シマジ: じゃあ、本多ちゃんに敬意を表してバーものをやりますか。
「西部の町のバーに、スイングドアを押し開けて男が入ってきて、バーボンをくれといいかけた途端に、ドアをバーンと開けて飛び込んできた奴が、『大変だ!乱暴者のビック・マイクがやってくるぞ!』と叫んだ。すると、バーテンも、お客も、叫んだ奴もみんな慌てて店から逃げ出してしまった。男がカウンターの上にあったバーボンを勝手に一人チビチビ舐めていると、スイングドアをバンッと開いて、2メートル以上もある雲つくような男が入ってきた。顔はヒゲで覆われ、開高文豪に教わった形容句でいえば、夜のように真っ黒なヒゲを生やしている。この大男がドスのきいた声で、『酒だ!』って怒鳴った。一人で震えながら飲んでいた男が、棚にあったいちばん高そうなボトルを恐る恐る差し出すと、ボトルのネックのところをカウンターにガチャンとぶつけて割り、口をつけてグビリ、グビリと息つく間もなく飲み乾してしまった。男が驚いて、『もう一本いかがですか』と訊くと、大男はいった。『そんなにゆっくりやっていられるか。ビッグ・マイクがやってくるぞ!』」

立木: まるで大型台風がやってくるようで可笑しいね。

山口: バーからバーテンさんまで一緒に逃げてしまうって凄くありません?

本多: そこがこのジョークにオーバーなリアリティーを醸し出しているところですね。シマジさんの得意技である“過剰なるリアリズム”の世界に聞くみんなを連れていってくれるのでしょう。

立木: それじゃ今度は本多ちゃんの番だ。

本多: それではまた難破船ものをやらせてください。
「暴風で豪華船が難破して、気がついてみると救命ボートに英国人、フランス人、オランダ人の3人の男が偶然乗り合わせていた。3人は幸運にも無人島を発見し、なんとか浜辺にたどり着いた。
『こうなったら3人で仲良く暮らそう』ということになった。ひょっとみると砂浜に古いランプが1個が落ちているではないか。
 年上の英国人が『アラジンのランプなら願いごとを叶えてくれるにちがいない』といい出し、ランプを拾い上げてこすってみた。たちまちプーンと硫黄の臭いがしたかと思うと、例の魔神がドロドロンと白い煙のなかから現れた。
『旦那さま、おやおや3人もいらっしゃる。3つの願いを叶えてあげますが、1人1つずつにしてください』
 まず英国人が願い出た。
『わたしは妻と4人の子供、それに両親が一緒に住んでいるわが家に早く帰りたい』
『かしこまりました』
 魔神が手を振り下ろすと、あっという間に英国人は家に帰ってしまった。次はフランス人の番だ。
『わたしには女房も子供もいるけど、フルボディの愛人のアパルトマンに行きたい』
『かしこまりました』
 魔神がさっと手を振り下ろすとフランス人は愛人のところへ消えて行った。1人残ったオランダ人がいった。
『おらっちは国に帰っても女房も女も友達もいない。出来たらせっかく友達になったんだからあの2人と愉しく釣りでもしながらこの無人島で暮らしたい』
『かしこまりました』
 魔神が手をサッと振り下ろして、煙のなかに消えた途端、英国人とフランス人があっという間に戻ってきてしまった」

立木: なるほどねえ。友達はちゃんとした奴を選ばないといけないっていう教訓だね。

山口: あまりにも英国人とフランス人が可哀相ですわ。

立木: じゃあ次はシマジがやってくれ。

シマジ: ではバーものをやりますか。
「人を殺して9年間の独房生活をした極悪人の話です。はじめの3年間の独房生活のなかで1匹のアリと親しくなった。それからどうせ退屈な毎日だからと、3年かけてアリに芸を仕込んだ。名前をピーターとつけて可愛がった。ピーターは利口で逆立ちもトンボ返りもなんでも覚えてしまった。残りの3年間で囚人はピーターに人語を教えた。ピーターは見事に覚えた。9年の刑を終え、囚人はなにがしかの金をもらい、ピーターをマッチ箱に入れて、久しぶりに夕暮れのシャバに出た。
『酒だ。まず酒だ』孤独な男は、バーを探した。幸い開店したばかりのバーがみつかった。
『ウイスキーをストレートで頼む』
 男は出されたウイスキーをストレートで一気に飲み、また同じストレートを注文した。そしてマッチ箱をカウンターの上に取り出すとピーターに小声でいった。
『ピーター、これからお前と組んで芸をやり、金持ちになるぞ。まずこのバーマンを試してみよう』
『がってんだ』
 さらに小さな声が返ってきた。男は1つ咳払いをすると話しはじめた。
『マスター、ここにいるアリは―― 』
といいかけた。すると目の前のバーマンが答えた。
『スミマセン、こんなところにアリがいて。さっき掃除したばかりなのに』
 といいながら、ピーターをプチュと爪でつぶしてしまった」

立木: これは残酷過ぎるジョークだ。まるでロアルド・ダールの短編小説みたいだ。

山口: ピーターちゃんが可哀相。

本多: 開高先生も本のなかでいっています。「運というより怖いジョークだ」と。

シマジ: だからわたしが口を酸っぱくしていっているように、人生は運と縁とセンスなんですよ。どんなに才能があっても運に恵まれないと浮かばれないのです。

本多: ではみなさまで可哀相なピーターにこの辺で献杯しませんか。

シマジ: そうだね。それがいい。

立木: 安らかに眠れ、ピーター、献杯!

山口: 献杯!

今回登場したお店

新宿ル・パラン
東京都新宿区新宿3丁目6−13 石井ビル 3F

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