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第1回 浅草 特選とんかつ すぎ田 佐藤光朗氏 第3章 父はその味を背中で語り、息子はそれを目で盗んだのだ。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

息子は父親の背中を見ながら育つ、とはよく言ったものである。「特選とんかつ すぎ田」の2代目、佐藤光朗はまさに父親の背中を見ながらとんかつの揚げ方を学んだと言う。昔堅気の職人は弟子の手を取って教えるようなことはなかったようだ。「黙っておれの技を盗め」であった。それでも父と息子の情愛は繋がってくる。この店の2代目もそうして父親の技術を学んだと断言している。

シマジ:お父さんはどんな方だったんですか。

佐藤:じつは親父とはあまり会話もしませんでした。ですから技術的なこともなにも教えてもらっていないんです。親父は病気になるまでこの2つの鍋の前に立ち続けていましたが、60歳で肺がんを患い、入退院を繰り返すようになりました。親父が入院しているとき、仕方なくぼくが見よう見まねでカウンターに立ったわけです。

シマジ:お父さんがいなくては、常連のお客さんが最初はがっかりしたんではないですか。

佐藤:そうなんです。常連さんが入ってきて「あれ、親父さんはいないのか。じゃあまたくるよ」と帰って行かれる方もいましたね。

シマジ:佐藤さんはお父さんの揚げたとんかつを食べたことはもちろんあるんでしょうね。

佐藤:はい、入院する前に珍しく、「おれの揚げたとんかつを食べてみな」と言われたことがあって。ちょっとあらたまった気持ちで親父のとんかつを食べたことがありましたね。オランダから輸入されたリフェネットというラード100%で揚げたとんかくは「ペリカン」のパン粉がよく合っていて最高の味でした。あのとき味わったとんかつを思い出しながら、毎日揚げているんです。

國司:感動的なお話ですね。

シマジ:やっぱり上質な豚の肉を上質な豚のラードを溶かした油で揚げるから、この滋味になるんでしょうね。

佐藤:また親父は他人を使える人ではなかったですね。息子のぼくがやっとだったと思います。

シマジ:職人によくある性格ですね。

佐藤:だからぼくがやるしかないと決心したんです。

シマジ:浅草の町は職人が多いから、外食店が方々にありますよね。

佐藤:そうです。ですから助かっています。

シマジ:では肉の問屋なんかも、お父さんの時代からいまでも一緒なんですか。

佐藤:はい、同じです。親父の遺産です。よく親父から、朝、肉の問屋に行って見てこい」と言われましたね。

立木:肉の業者と仲良くなるのは鉄則だよね。するとシマジの好きなえこひいきが生まれるんだよね。

佐藤:そうかもしれません。親父が倒れてはじめてぼくがカウンターに立ったときは、まるで一人で表彰台にでも立たされたような緊張感で、正直自信もなかったですね。

シマジ:でもいまでは自信満々でしょう。

佐藤:それでもやっとですよ。ご近所の常連のうるさ型にずいぶん教えてもらいましたね。面白いことに文句を言うお客さまほど通ってきてくれるんですよ。「今日の肉はまあまあだね」なんて言うお客さまです。それにお客さまによって定番の注文が違います。たとえば柘製作所の柘社長はいつもひれかつを召し上がりますし、三井常務はフランベしたロースのポークソテーを召し上がりますね。

シマジ:お父さんに言われた言葉で印象的だったのは?

佐藤:亡くなる少し前、常連のお客さまに、なにを思ったのか、「こいつをよろしくお願いします」と頭を下げたことがあったんです。そのときはビックリしましたよ。

シマジ:無口なお父さんのあなたに対する精一杯の愛情表現だったんでしょうね。

佐藤:きっと親父は死期を感じていたんでしょうね。自分はこれっぽっちも教えていないのにねえ。

シマジ:いまこんなに立派にお店を切り盛りしていることをお父さんが天から見て嬉しがっていることでしょう。

國司:わたしもそう思います。

立木:お父さんが発明した特選とんかつを寸分違えず、味を落とさずやっているって、あなたも親孝行だね。

佐藤:ありがとうございます。

シマジ:同じことを続けるって大変なことですよ。佐藤さんはお子さんは何人いらっしゃるんですか。

佐藤:小学4年と3年の男の子と、1年の娘がいます。

シマジ:よかった。これで3代目が目出度く誕生しますね。もし息子さんが3代目を継いでくれるなら、やっぱりお父さんと同じように、「黙っておれから技術を盗め」という教育をなさるんですか。

佐藤:たしかに手を取って教えることばかりが教育ではないですからね。どうでしょうか。実際はそのときにならないとわかりませんね。

シマジ:ところでスパイシーハイボールの件はどうなりましたか。きっとタリスカー10年のスパイシーハイボールはとんかつに合うと思いますが。

佐藤:シマジさんに先日言われてから伊勢丹メンズ館のサロン・ド・シマジに行っていないんですよ。ぼくも揚げ物にソーダ割が合うと思っています。今度の木曜日の休みの日に行けたら行って買ってきます。言われてからずっと気になっているんです。

立木:シマジは伊勢丹のバーでどれくらい売っているんだ。

シマジ:全国のバーがいくつあるか知りませんが、全国の売り上げランキングでベスト4に輝いています。そうですね、わたしがカウンターに立つ週末の土日は、1日1本半は平均して売れているでしょうね。土日合わせると3本ですか。

佐藤:1杯いくらで出しているんですか。

シマジ:税抜きで1杯800円です。

佐藤:それではここでも800円にしましょうかね。

シマジ:うちのは小さなグラスです。もう少し大きなグラスで1000円でもいいと思いますよ。

立木:シマジが今度くるときにタリスカーを直接持ってくればいいんじゃないか。どうせお前のことだからすぐにまた来るだろう。

シマジ:そうだ、それはいい考えですね。そうしましょう。

佐藤:いいんですか。すみませんね。そのときぼくも飲んでいいですか。

シマジ:当然です。お客さまに飲んでもらう前に佐藤さんが味わってください。絶対人気がでますよ。

佐藤:セットになっているらしいですね。

シマジ:スパイシーハイボールセットとして伊勢丹のサロン・ド・シマジで売られています。まずはタリスカー10年、それからサントリーの山崎プレミアムソーダ、それに上からかけるブラックペッパーなんですが、スコットランドからピートを輸入してインド産のブラックペッパーを横浜燻製工房で燻してもらっているんです。

國司:ずいぶん凝っていますね。だからスパイシーハイボールと命名されているんですね。

立木:シマジがよく行く店には必ずそのスパイシーハイボールセットが置いてあるんだ。まるでマーキングのように。

佐藤:では立木先生も常飲されているんですか。

立木:仕方ないでしょう。シマジが送りつけてくるんだから。

シマジ:そうそう、瀬戸内寂聴先生はタリスカ-10年をサロン・ド・シマジから取り寄せて愛飲なさっているんですよ。しかもダースでね。

佐藤:瀬戸内先生は何歳になられましたか。

シマジ:たしか今年で御年95歳のはずです。

國司:95歳でウイスキーを飲んでいらっしゃるんですか。

シマジ:ウイスキーはお酒のなかでも健全な飲み物だと思いますね。

<次回 第1回第4章 5月12日更新>

新刊情報

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(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

とんかつ すぎ田
東京都台東区寿3-8-3
Tel: 03-3844-5529
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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