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第11回 六本木 SPIGOLA 鈴木誠氏 第2章 忘れられないローマの修行時代。

撮影:立木義浩

シマジ:鈴木シェフはどちらのお生まれなんですか。

鈴木:ここ六本木生まれの六本木育ちです。

シマジ:じゃあ、小学校も中学校も六本木なんですね。

鈴木:はい。港区立麻布小学校と、港区立三河台中学校です。統合されて六本木中学校ができたので、いまは三河台中学校はありませんが。

シマジ:そうですか。わたしの出た一関市の中里中学校も閉鎖になりました。なんだか寂しいものを感じますよね。校歌ももう歌われず消滅するんですからね。でも港区六本木周辺は、いまや栄えに栄えていますよね。

鈴木:これは両親に聞いた話ですが、むかし日比谷線の地下鉄が通るとき、じつは麻布十番のほうが第一候補だったそうですが、麻布十番の住民が地下鉄の駅ができるのに猛反対して、六本木駅ができたそうなんです。そして麻布十番がいわゆる陸の孤島になってしまったのとは反対に、六本木周辺が栄えたんでしょう。いまでは麻布十番にも地下鉄が通っていますが、そんなことがあったらしいですよ。

シマジ:なるほどね。ちょっとしたことで街の勢いというのは変わってしまうんですね。

鈴木:シマジさんほどではありませんが、ぼくも中学生のころから本が大好きで、有栖川公園のなかにある都立中央図書館によく通いました。

シマジ:いまはスマホでも読書はできるけど、やっぱり読書は書籍のほうがいいとわたしは思いますね。ページをめくるときの、小さな風がいいんですよ。ところで鈴木シェフは高校はどうしたんですか。

鈴木:泣く泣く港区を出まして、文京区の私立京華高校に通って卒業しました。卒業して父の経営する工務店で働き始めたんですが、どうも工務店の仕事が合わなかったんですね。実際、情熱を込めてやれませんでしたね。

立木:仕事は好きなことならなんでもやれるけど、合わないと思ったら身が入らないものだよ。シマジだって、編集者になっていなければ転職に次ぐ転職の人生だったんじゃないか。

シマジ:まったくですね。危ないタイトロープを渡りながら、よく落ちないでここまできたと、ときどきふと思うことがありますね。まあ、わたしには編集稼業が向いていたんでしょう。鈴木シェフもいまの天職をみつけるまでは、結構ご苦労があったんですか。

鈴木:そうなんです。父の会社に入ったはいいが、どうにも身が入らなくて、あるときぶらぶら街を歩いていたら、広尾の商店街のハンバーガー屋さんでデリバリーのアルバイトを募集していたんです。それで、父には申し訳ないと思いましたが、工務店の仕事を辞めてハンバーガー屋に勤め始めました。最初はデリバリーで入ったんですが、しばらくしてキッチンに人が足りないということになり、20歳のころから見よう見まねでタマネギを刻んだりしたのが、料理人になったきっかけですね。自分自身食べることが好きなのもあり興味がどんどん膨らんで、こうなったら本格的な料理人を目指そうと決心したのは、そうですね、22、3歳ごろですか。赤坂のイタリアンレストラン「マルーモ」に見習いとして入りました。そこの玉置シェフには大変お世話になりました。2年ぐらい働いたころ、玉置シェフに「本場のイタリアで修業してきたら」と言われました。どうしようかと悩んだんですが、「わたしが修業したレストランを紹介するからぜひ行きなさい」とシェフに背中を押されたんです。

シマジ:やっぱりどの世界もいい先輩に巡り会うことがその人の運命を変えますね。そうすれば未来が拓けますものね。

鈴木:以前、玉置シェフが働いていたローマの「リストランテ・アル・チェッポ」というのは、日本語で「切り株」という意味なんですが。そこはローマの高級住宅にあって、いいお客さまばかり来ていましたね。一見してお金持ちとわかる人たちはもちろんのこと、映画監督や女優も出入りしていました。そこはローマのパリオリというところで、東京でも白金に住んでいる人たちをシロガネーゼと呼ぶように、パリオリに住んでいる人たちをパリオリーニというんです。

シマジ:やっぱり客層がいいとシェフも腕に力が入るものですか。

鈴木:そこのお店は常に忙しくて、すぐ厨房に立たされましたね。

シマジ:鈴木さんのようなシェフたちは一緒に住んでいたんですか。

鈴木:そうですね。店からは結構離れたところでしたが宿舎がありまして、8畳一間に3人で共同生活を送りました。古いアパートで、シャワーのお湯が出ないときもありました。日本人としてお湯に浸かりたい気持ちが我慢できなくなり、あるときローマの中心街にあるサウナに行ったんです。フィンランド式のサウナで、20分間隔でサウナのなかがなんにも見えないほど蒸気で真っ白になるんです。すると視界ゼロ状態になるんです。あの経験は日本では味わうことはないでしょう。そのころイタリアで親しくなった、ぼくより10歳年上のマウリッツィオというシェフの車で、リビエラ、コートダジュール、バルセロナを1カ月間のバカンスで旅行したのは愉しかったですね。マウリッツィオとその彼女、マウリッツィオの前の奥さんとの間に生まれた男の子、ぼく、の4人の旅でした。

シマジ:その息子は何歳くらいだったんですか。

鈴木:10歳くらいですかね。ずっとマウリッツィオが運転してくれたのでラクチンでした。食事は知り合いのシェフのところが多く、勉強になりましたね。すべて割り勘で、ぼくは4分の1を払えばよかったんです。

柏倉:愉しそうな旅ですね。鈴木さんは明るい方なので誰からも好かれるでしょう。

立木:こんなにシマジが通うほどだから、料理も美味いんだろうね。そのうちおれも一人でこっそりくるからな。知らんぷりするんじゃないよ。

柏倉:立木先生、こちらのお料理はとても美味しいですよ。

鈴木:もし立木先生がいらしたら、もちろん最大のえこひいきをさせていただきます。

シマジ:鈴木シェフは大事な看板犬のクロとの写真を、タッチャンに特別に撮ってもらったしね。

立木:あの看板犬のクロはボストンテリアだろう。

鈴木:はい。よくわかりましたね。

立木:おれが子どものときに大流行した「少年倶楽部」の“のらくろ”のモデルがボストンテリアなの。シマジは猫派で犬がダメな男なんだよ。

シマジ:でもここのクロはまったく吠えない、温和しい犬ですね。わたしでも触れますよ。

立木:でもお前はクロには触れても、抱くことはできないだろう。

シマジ:それは無理ですね。

立木:鴨鍋は次のシーズンに必ず食べにくるとして、シマジ、ここではほかにいまなにが美味いんだ。

シマジ:そうですね。北海道のエゾジカが美味いですよ。あの炭火が威力を発揮しているようです。わたしが食べたのはエゾシカの内股で、脂もあってなかなかのものでした。お皿に英国の海の塩が添えられてくるんですが、マルドンシーソルトと言ってわたしの好きなお塩です。英国王室御用達でもあるんですよ。アマゾンでも買えますがね。

柏倉:それはお高いのではないですか。

シマジ:たしか100gちょっとで1000円くらいだったと記憶しています。

鈴木:そんなものでしょう。甘みがある独特のお塩なんです。

シマジ:焼くときにそのお塩を振りかけているので結構味はしっかりついているんですが、さらにつけて食べてもいいんです。それからブドウジャムも添えてありますが、あまり甘くなくて、これもエゾジカに合いますよ。

柏倉:今日の岩手の岩中豚ロースの炭火焼きも美味しかったです。

鈴木:ありがとうございます。

新刊情報

神々にえこひいきされた男たち
(講談社+α文庫)

著: 島地勝彦
出版: 講談社
価格:1,058円(税込)

今回登場したお店

SPIGOLA~スピーゴラ~
東京都港区六本木4-4-4
Tel:03-6804-3250
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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