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第11回 六本木 SPIGOLA 鈴木誠氏 第1章 魚の鱸(スズキ)を名乗るシェフ。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

わたしは今年で77歳になるのだが、自慢じゃないがこれまでの生涯で野鴨は1000羽以上食べている。そんなわたしがスピーゴラの鴨鍋を食べて驚愕した。残念ながらもう今年のジビエのシーズンは終了してしまったので、また今年も11月15日から来年2月15日までの鴨の猟期を待たなければならないのだが。
スピーゴラでは鱸(スズキ)シェフ自ら分厚い鉄鍋で鴨を焼いてくれる。なんと4種類の鴨肉のオンパレードだ。最初に焼いてくれるのは、フランス産のシャランの食用鴨だ。これは人工的に飼育された鴨である。それでも英国産の塩をつけて食べると美味い。次に焼いてくれるのは軽鴨である。そう、皇居のお堀で見かけるあの鴨である。わたしはここスピーゴラではじめて食べたのだが、軽くて美味い。その次はシベリアからはるばる飛んできた野鴨の雌である。日本人に生まれてよかったとつくづく感じるくらい美味い。掉尾を飾るのは青首の野鴨の雄だ。これは鴨の王様である。
スピーゴラでは焼いて2枚ずつ食べたあとに、同じ鉄鍋で鴨鍋にしてくれる。焼くにしても煮るにしても、半生くらいがじつに美味い。まさに大牢の滋味とはこのことである。わたしは久しぶりに唸ったものだ。

シマジ:鱸シェフ、こちらが立木先生です。

鈴木:先日は失礼いたしました。

立木:なにも鱸シェフが謝ることではないよ。悪いのはここにいるシマジだよ。シマジの連絡が悪かったので、先日、アシスタントのタカギを連れておれたちがやってきてしまったんだよ。

シマジ:あのときはホントに申し訳ありませんでした。どうかお許しください。

立木:お前も歳でボケてきたのかと心配したよ。まあいい。許す。そちらにいるのが資生堂からきた今日のお嬢だね。

柏倉:柏倉と申します。今日はよろしくお願いいたします。立木先生に撮っていただくなんて光栄です。一生の宝物にいたします。

鈴木:立木先生、わたしも今日はお願いがあります。そこのカゴのなかで寝ている犬はわたしと女房が実の子供のように可愛がっている愛犬のクロといいます。ボストンテリアです。こいつはスピーゴラの看板娘ならぬ看板犬なんです。最後のほうでいいですから、クロを抱いているわたしを撮影していただけませんでしょうか。

立木:おれが撮る肖像写真が高いのは知っている?

シマジ:タッチャン、そこをなんとかえこひいきでお願いします。その代わり、野鴨の季節になりましたらご馳走させてください。ここの鴨鍋は出色ですから。

鈴木:女房から、ぜひともクロも一緒に立木先生に撮っていただくようにと懇願されているんです。そのために今日のクロはよそゆきの洋服を着せてもらっています。立木先生、お願いいたします。

立木:奥さんの頼みじゃ無碍には断われないね。わかった。特別に撮ってあげよう。

鈴木:ありがとうございます。一生の宝物にいたします。

立木:クロの件は了解した。最初にカラーで撮るから、料理を用意してくれる。

鈴木:畏まりました。じつはもうご用意してあります。まずは前菜の盛り合わせでいきたいと思います。先日、シマジさんがお見えになったとき、打ち合わせた通りに本日は出させていただきます。

柏倉:スピーゴラってイタリア語ですか。

鈴木:はい、そうです。魚の鱸(スズキ)のことをイタリア語でスピーゴラと言うのですが、わたしの名字と掛け合わせてこれを店名にしました。そして名刺では自分の名字を鱸にしています。

柏倉:鱸シェフはなかなかのセンスの持ち主でいらっしゃいますね。

立木:シェフ、こちらのテーブルにその盛り合わせを運んでくれる。

鈴木:承知いたしました。

立木:凄いボリュームだね。これをお嬢とシマジの2人で食べるのか。

鈴木:はい、そうです。

立木:シマジ、メモしなくて原稿は書けるのか。お嬢、少し待っていてね。

柏倉:はい。いつまでもお待ちしております。

シマジ:そうでした。では鱸シェフ、右から食材を教えてください。

鈴木:では右側から参ります。クレソンとマッシュルームのサラダです。その隣がトリュフ風味のイタリア産のハムです。そしてフェンネルシード入りのイタリアのサラミです。

シマジ:フェンネルって日本で言えばウイキョウでしたっけ。

鈴木:そうです。続いてパルマ産の生ハム、白いのがブラータチーズ、その上に乗せているのが、アンチョビ、その脇にあるのがクロキャベツです。これは日本産です。

シマジ:へえ、クロキャベツも日本産があるんですか。

鈴木:イタリアの野菜はいまやほとんど日本でも作られています。

シマジ:ブラータチーズというのは?

鈴木:外側がモッツアレラチーズで中身が生クリームの南イタリアプーリア州のフレッシュチーズです。それからこれが自家製のカラスミです。その隣がイチゴでさらにフルーツトマトが添えてあります。あっそうそう、これはアーティチョークです。

シマジ:豪華絢爛なサラダですね。

立木:前菜の盛り合わせの撮影は終了した。お嬢の前に出してあげたらいいよ。お腹が空いている顔をしているじゃないか。シマジ、持っていってあげろ。

シマジ:お待たせしました。柏倉さん、今日はランチを抜いてきたでしょうね。

柏倉:はい、そのように先輩に言われていましたので抜いて参りました。

シマジ:ではどうぞ、こころおきなく召し上がってください。

立木:次は?

鈴木:シマジさんの大好きなカラスミのパスタです。

シマジ:以前サルデーニャ島でカラスミのパスタを食べてから病みつきになってしまいました。

立木:またこれは豪勢にカラスミを振りかけているね。香りがいいね。

鈴木:さすが立木先生。うちのはオリーブオイルではなく焦がしバターを使っているのが特徴です。しかもカラスミは自慢の自家製です。さらに言わせていただければ、パスタは手打ちです。

立木:自家製パスタの撮影もOKだ。次は?

シマジ:では柏倉さん、どうぞ。熱いうちに召し上がってください。

柏倉:香りからして美味しそうです。いただきます。

鈴木:うちでは岩手の岩中ブタの炭火焼きが売り物です。立木先生、これはコンロの上に乗せて炭で炙っているところを撮影してください。

立木:OK。じゃあ、やってくれない。

鈴木:畏まりました。これはみなさんがくる前に1時間かけて焼いていたんですが、もう一度炙りましょう。

立木:分厚くて美味そうなブタだね。ブタの炭火焼きも撮影終了。

鈴木:ではデザートにイタリアのバンキーニのショコラを使ったチョコレートプリンをすでに作ってありますから、これを撮影してください。

シマジ:このショコラは伊勢丹のサロン・ド・シマジでも売っているスグレモノのショコラです。サロン・ド・シマジのバーの常連の若尾さんがイタリアから輸入しているショコラです。これとは別に板チョコレートもサロン・ド・シマジで売っています。このプリンは北イタリアのピエモンテ州で「ボネ」と言われている郷土菓子です。

柏倉:バローロってワインで有名なところですよね。

鈴木:その通りです。

立木:鱸シェフの手際がいいから、これでカラーの撮影は終了した。

鈴木:それではクロとわたしを撮っていただけますか。

立木:うん、そうだったね。じゃあ抱っこしてそこの厨房に立ってくれる。

鈴木:女房が泣いて喜ぶ顔が目に浮かびます。ありがとうございます。

立木:クロはなかなか可愛い犬だね。キャンとも鳴かないのがいい。

鈴木:ホントにありがとうございます。

新刊情報

神々にえこひいきされた男たち
(講談社+α文庫)

著: 島地勝彦
出版: 講談社
価格:1,058円(税込)

今回登場したお店

SPIGOLA~スピーゴラ~
東京都港区六本木4-4-4
Tel:03-6804-3250
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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