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第9回 リベラルタイム編集部 荻野暁仁氏 第1章 本好きが嵩じて酒屋の店員から編集者に転職した。

<店主前曰>

「リベラルタイム」のイタモトが一身上の都合で「リベラルタイム」を退社したあと、後任にオギノが入社して、わたしの担当編集者になった。彼はいままで酒屋でシングルモルトを売ってバイヤーもやっていた。人生の要諦は運と縁である。運は生まれついての財産みたいなものだが、縁はじかあたりしないと誕生しないものである。オギノは大の本好きだ。大学は中退したものの、学生時代のアルバイトは書店の店員を長くやった。酒と本をこよなく愛するところはシマジに似ている。まだ27歳のオギノは、縁あってシマジの担当になったことは、まずは強運の持ち主だといえるだろう。「リベラルタイム」の連載『ロマンティックな愚か者』のリードを読んだだけで、オギワラはたくさん本を読んだ男だとわかる。さて、肌の状態はどうだろうか。

シマジ おまえはいままでシングルモルトを売っていたんだってね。

オギワラ はい。どうしても編集者になりたくて、今回、転職しました。

シマジ オギノは学生時代は本屋でアルバイトしていたんだってな。

オギノ はい。本が大好きなんです。シングルモルトも好きで、いまでも毎晩1人で家で飲んでいます。

シマジ なかなかいい趣味じゃないか。シングルモルトは何が好きなんだ。

オギノ ローランド地方のローズバンクですね。

シマジ おまえはなかなか渋いねえ。

立木 オギノは間違いなくシマジの虜になるな。また1名シマジ病の患者が出現したか。

シマジ イタモトも出来る編集者だったが、オギノもなかなかの編集者だよ。編集者ってセンスだからね。まず多くの才能ある人たちにじかあたりすることだ。いまパソコンの前にばかり座って、人に会わない引きこもり編集者が多いからな。

立木 まったくそうだね。

シマジ 本日はわざわざ名古屋から出張してくれた新實さんだ。新實さんは厚生労働省認定 資生堂技能検定2級で、名刺の裏には、こう書いてある。「わたしがお約束すること。専門知識と最新機器を活用して、的確に肌の診断をすること。メーキャップのテクニックや情報を、わかりやすくお伝えすること。あなたを美しくするための最高のパートナーを目指します」オギノ、おまえはついているぞ。編集者になって、たまたまおれの担当者になったお陰で、資生堂を代表するビューティーコンサルタントにじかあたりでこうして会っているんだからね。

オギノ 光栄です。緊張しています。

シマジ おまえ、お見合いじゃないんだから、もう少しリラックスしてくれ。

BC新實 わたくし、結婚しております。

シマジ だろう。オギノ、邪心は捨て去れ。

オギノ はい。

シマジ では新實さん、そろそろ資生堂技能検定2級の腕前でオギノの肌をチェックしてください。

BC新實 はい、かしこまりました。

シマジ オギノはいままで男性化粧品を使ったことはあるの。

オギノ ありません。石けんで顔を洗っていますけど。

シマジ せめてヒゲ剃りあとに、シングルモルトくらいぬったほうがいいじゃないか。

BC新實 結果が出ました。Eでした。

シマジ やっぱりな。オギノの肌は肥料をまったくやっていない畑みたいなものだからね。

BC新實 オギノさんは乾燥肌でございますね。

シマジ おまえまさか洗濯石けんで顔を洗ってるわけじゃないよな。

オギノ 一応、手を洗う石けんを使っています。

立木 シマジ、いくらなんでも洗濯石けんは可哀想じゃないか。

シマジ オギノ、今日、資生堂からいただくSHISEIDO MENのクレンジングフォームを明日から使ってみな。おまえの人生が変わるよ。こんな素敵なものがこの世にあったのかと驚くはずだ。それからトーニングローションで顔をパンパン叩くようにつけてごらん。この世に生まれてきた幸せを感じるはずだ。

BC新實 よくはじめて買う方は、その2つをお買い求めになりますね。

シマジ そうでしょうね。伊勢丹のサロン・ド・シマジでもそうですよ。オギノ、まず千里の道も一歩からだぞ。

オギノ はい。わかりました。

シマジ おまえは今日はラッキーだぜ。そのほかにアクティブコンセントレイティッドセラムももらえるんだぞ。これはいわば乳液なんだ。これを数滴手のひらに垂らして、両手でこすってから入念に肌にぬる。そしてお次はスキンエンパワリングクリームだ。これは文字通りクリームなんだが、12,000円もする高級クリームなんだよ。これを丁寧にぬり込む。最後にアイスーザーを目の周りにぬる。これでひとまず終了だ。これがSHISEIDO MENの基本コースだね。新實さん、こんな説明でよろしいでしょうか。

BC新實 大変結構です。やっぱりシマジさんは9年越しでお使いなっていらっしゃいますから、説得力がおありですね。

オギノ はじめてシマジさんに会ったとき、肌がツヤツヤなのに驚きました。これを全部いただけるんですか。渡辺編集長に断りなくもらっていいんでしょうか。

立木 ナベにはおれからいっておいてやるから、遠慮しないでもらっておきなさい。シマジ、この新人編集者は可愛いことをいうね。

シマジ たしかにいままでこんなことをいったおれの編集担当者は1人もいなかった。おれ、急にトイレに行きたくなってきた。昨日の夜、セオが広尾の近くで飲んでいますって、10時ごろ突然襲われて、したたか飲んでしまったんで、腹の具合がおかしい。オギノ、悪いけどテープはこのまま回して置くから、新實さんを退屈しないようにインタビューしていてくれないか。

オギノ えっ、そんな。ぼ、ぼくがやるんですか。

立木 オギノ、心配するな。おれがついている。堂々とやれ。

オギノ 新實さんの趣味はなんですか。

立木 おい、オギノ。おまえ、お見合いしてるんじゃないんだぞ。もっと鋭く突っ込んでいけ。

オギノ 申し訳ないです。

BC新實 でもオギノさんは凄いですね。酒屋の仕事から編集者になられたのですか。

オギノ はい。新聞広告でリベラルタイム社がたまたま編集者を公募していたのです。

立木 何10人も応募してきたらしいよ。そこから選ばれたんだから大したものだ。運がいいんだよ。編集者は強運でないと勤まらないからね。シマジなんて強運と図々しさであそこまでいったんだ。まあ、それも編集者の才能の1つかもしれないけどね。

BC新實 編集者になられてよかったですか。

オギノ はい。まず原稿を読者より最初に読める役得がありますね。

立木 オギノはいつ編集者になったんだ。

オギノ 今年の7月です。

BC新實 シマジさんとご一緒に取材に行かれるんですか。

オギノ はい。いつも一緒です。ぼくが驚いたのは、シマジさんの取材ノートはエルメスなんですよ。それに太い万年筆で書き留めているんですが、みているとキーワードをちょこっと書くだけなんです。取材されてる方はこれで大丈夫かという顔をなさっているんです。ものの30分も話を訊くだけです。凄いのは、その日、ぼくが書店に寄ってうちの本が売れているか調べたりして、会社に帰ってきますと、シマジさんからもうその日のうちに取材した原稿が届いているんです。

立木 それはシマジがいつも自慢げに「早い、上手い、高い」といって売り込んでいるコピーだな。いやな奴だろう。

オギノ でも本当に感心します。よく取材相手の特徴を鷲掴みしています。鶯谷駅前にあるよーかんちゃんの文章なんてホントに味のある文章ですよ。原稿をよーかんちゃんにみせに行ったら、涙を流さんばかりに喜んでいました。73歳のボードビリアンのよーかんちゃんが「おれ、シマジさんに恋しちゃった」というんですから、ビックリです。

立木 よーかんちゃんって女なのか。

オギノ いや、男です。

立木 シマジに、「おれより好きになるんじゃないぞ」とあれだけきつくいっているのに、あいつはすぐ隠れて浮気をしやがるんだ。困った奴だよ、まったく。

オギノ 新實さん、ここにリベラルタイムのその号を持ってきました。よろしかったら読んでみましょうか。

BC新實 ぜひ、お願いします。

オギノ リードはぼくが書きました。「まるで極楽浄土のようなきらびやかな店内に、流れるよーかんちゃんの唄が、客の笑いと感動を誘う。部屋の奥に観音様のような微笑みを浮かべた夫人がいた」
ここからがシマジさんの本文です。
「いま山手線の鶯谷駅周辺には68件のラブホテルが林立している。真っ昼間から女の勇ましい嬌声が、まるでウグイスの谷渡りのように聞こえてくるこの街は、まさに現代の”桃源郷”である。食楽と性楽は平和のシンボルだ。
そのなかに「よーかんちゃん」という不思議な世界唯一の”極楽浄土”の飲み屋がある。
よーかんちゃんこと佐藤昭二<73歳>は生まれついての本物の芸人だ。14歳で宮城・仙台から夜汽車に乗って上京して、当時の人気漫才師、宮田洋容に弟子入りした。
だが、NHKの漫才コンクールで2年連続2位に甘んじた結果、潔く、芸道から足を洗いトンカツ店の店員になった。諦めきれない芸を活かして、トンカツ店の休みの日を利用してコントをやったり、ギャグソングを歌って客を喜ばせた。
店の前の道路を掃除するとき、よーかんちゃんは隣の産婆さんの家までやってあげた。百歳を過ぎた老産婆が亡くなるとき「これをよーかんちゃんに渡して」と遺言を残して、娘が現金で50万円持ってきた。その現金を頭金にして、35年前鶯谷駅前に「よーかんちゃん」という店をオープンした。よーかんちゃんのコレクターのセンスがそのとき花開き、妖しく美しく輝く店ができ上がった。店に入った客は異様な美意識に感動し元気になる。
常連客が凄い。ビートたけしをはじめ、ナベサダ<渡辺貞夫>が1人でやってきて、サックスの名曲を吹いてくれる。堅いところでは日本銀行の元総裁、三重野康がやってきた。総裁は濁り酒をビールで割って飲んでいた。よーかんちゃんは客の人柄を見抜いて、カセットをかけながら自作の唄を唄い出す。しかも客の名前を歌詞のなかに即興で挿入する。よーかんちゃんの唄っている笑顔がじつにチャーミングなのだ。
店のなかに所狭しと飾られているよーかんちゃんのコレクションは、横浜や代官山で一つ一つ吟味して仕入れてきたものだ。ある夜、骨董屋がやってきて尋ねた。
「ここでいちばん高いものはなんですか」
「ここで古くて貴重で高いものはわたしです」とよーかんちゃんは胸を張った。
何10曲もある十八番の唄の中で「温泉の唄」が多くの客を笑わせて泣かせる。常連客の十八代中村勘三郎がこの唄を舞台で使わせてくれないかと所望した。
よーかんちゃんが、「隣のおばさん」と呼んでいる、素敵な賢夫人がいつもお店に控えて何かと世話を焼いているのが、これまた美しい。

リベラルタイム 2012年11月号掲載より

立木 オギノ、今度、おれをよーかんちゃんに連れてってくれ。おれもその唄をきいてみたくなった。

オギノ はい。近々、渡辺編集長を誘ってまいりましょうか。

立木 そうだな。この際、シマジははずして3人で行こうぜ。

BC新實 それにしてもシマジさん、遅いですね。

立木 あいつ、死んだかもしれないね。

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