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第9回 リベラルタイム編集部 荻野暁仁氏 第3章 ポートエレンと鴨雑煮で正月を迎える

<店主前曰>

昨日は日曜日だったので、わたしは新宿伊勢丹メンズ館8階にあるサロン・ド・シマジのシガーバーのカウンターに立っていた。するとちょうど午後1時ごろ、若い夫婦が生まれたばかりの赤ん坊を抱いて入ってきた。まだシガーもパイプもやらなくてよかったと胸を撫で下ろしていたら、近著『異端力のススメ』を2冊持ってきてサインを求めてきた。夫婦は別々に同じ名字で名前を書いてくれというではないか。「どうしてですか」とわたしが尋ねると、「夫は通勤中に読み、わたしは子育て中に読むので2冊必要なのです」と、美しい妻は答えたのである。しかも2人はわたしの作品のすべてを読了して、「Pen」の連載はおろか、「メンズプレシャス」、「リベラルタイム」、毎週水曜日に更新されるウェブサイトの「ネスプレッソ・ブレーク・タイム@カフェ・ド・シマジにはじまって、木曜日の「乗り移り人生相談」、金曜日のこの「トリートメント&グルーミングatシマジサロン」まで 丁寧に読んでくれている熱狂的な信奉者だった。しかも書き手を唸らすような感想を述べるではないか。わたしは思わず12月19日発売の島地勝彦責任編集の創刊誌「マグナカルタ」<ヴィレジブックス刊>を宣伝した。夫婦は「ここでも売るのですか」と訊いてきた。「もちろん、久しぶりのわたしの匂いのする雑誌ですから、大々的に売りますよ。お陰さまで『異端力のススメ』は300冊ほど売りました。すべてサインしました」「わたしたちもちろん2冊買いますわ」と奥さんが付け加えた。「あなた、SHISEIDO MENも買って行ったらどうかしら」「そうだね」「ではここにお持ちしましょうか」傍らにいたシマジガールズの1人が、いつもわたしが大宣伝しているSHISEIDO MENの5シリーズを売り場に取りに行ってくれた。そのときである。夫婦は同時にいった。「シマジ先生、お願いがあります。この子はまだ生まれて3ヶ月ですが、ぜひシマジ先生に頭を撫でていただきたいのです」
わたしはカンター越しに男の子の柔らかい頭を撫で撫でしてあげながら、呪文のようにいったのである。「いいか、日本一女にモテる男になるんだぞ」「ありがとう御座います。今日はこの子の頭をシャンプーしません。勿体なくて洗えません」
いよいよ、シマジ教もここまできたのである。ミツハシ、読んでいるか。

シマジ そういえば、オギノ、おまえはめでたく正社員になったんだってなあ。

オギノ お陰さまで3ヶ月が過ぎて正社員になれました。

立木 渡辺編集長もみる目があるんじゃないか。オギノはまだ若いし才能があるとみたんだろうなあ。

シマジ よかったねえ。これからタッチャンとも仕事をするだろうが、わかんないことがあったら、何でも訊くことだよ。それからどんなに偉い人を相手にしても絶対に卑屈にならないことだね。

オギノ はい。

立木 そうするとシマジみたいな傍若無人な編集者になれるんだよ。

シマジ タッチャン、そんな人聞きの悪いことはいわないでくださいよ。オギノは若いからすぐ信じてしまいますよ。

立木 大丈夫。オギノは、もう、そう信じているよ。

シマジ どうかな。

立木 当たり前だ。インタビューの途中で堂々とトイレに立つ図々しさは、普通の編集者は出来ないぞ。

シマジ じゃあ、ここでおれが悶絶したらどうするの。資生堂のみなさんにご迷惑をかけるじゃないか。

立木 大概の編集者ははじまる前にちゃんと済ましておくもんだ。

シマジ 一度はじまる前にトイレに行ったんだが、そのときはウンともスンともレスポンスがなかったんだ。それがタッチャンの顔をみた途端に催してきたんだよ。

立木 こうしてまた、シマジはおれのせいにする。オギノ、こんなところは真似するんじゃないぞ。

BC新實 男同士の友情って羨ましいですね。

立木 シマジとおれは単なる腐れ縁です。はじめてシマジに出会ったときのことを話しましょうか。

オギノ 面白そうですね。

BC新實 おふたりともお若かったのでしょうね。

シマジ 当然です。こんなひねたジジイ同士ではありません。タッチャンも颯爽としていて、もっと格好よかったですよ。

立木 シマジはまだ30代になったばかりで、おれが30代半ばだったと思う。シバレン先生の誕生日かなにかで、こいつとたまたま同席してしまったんだ。そのころおれは個人的にシバレン先生を撮影していたんだよ。しかしこれがシマジとの宿命的な出会いになった。初対面のシマジの印象は、横柄な編集者がいるものだと思ったよ。ちょうどある週刊誌にシバレン先生の新しい時代小説が書きはじまったときだった。するとシマジは先生に面と向かって「柴田先生、あの書き出しは先生らしくないですね。たとえばこう書けばよかったんじゃないでしょうか」なんて生意気な口をきくんだぜ。しかもシバレン先生はただニコニコしながら聞いているだけなんだ。おれは「シマジ、生意気だ。表に出ろ!」といってやりたい気持ちが山々だったけど、初対面だし、そこはグッとこらえていた。すると翌週だったかな、おれの事務所にシマジがやってきて『タッチャン、一緒にアメリカに行ってくれない』ってきたもんだ。『何を取材するんだ』と訊いたら、『それはロスに行ってからゆっくり考えましょう』って、いい加減なことをいうじゃないの。

オギノ わかりました。それが後年評判になった『マイ・アメリカ』の写真集になったんですね。

シマジ おまえよくそんなことを知っているな。まだオギノは精子にも卵子にもなっていないころの話だぜ。

オギノ はい。ぼくはどこかの図書館で偶然みましたよ。

立木 やっぱりオギノは大した編集者じゃないか。

シマジ じつはPLAYBOYの取材で2人で2週間あまりロスに旅立ったのさ。そのころ集英社はロス支局を持っていて、奥山長春という凄い男が支局長をやっていたんだ。すべての取材テーマはオクチャンがロケハンしていてお膳立てしてくれていたのさ。

立木 シバレン先生の墨付きもあるので、ここはシマジに騙されようかっておれは決断したんだ。しかし、そのころ2週間事務所を空けるのは、ただごとではなかった。

オギノ そのときですか。男性ストリップのあの有名な写真を撮ったのは。

立木 シマジ、オギノはやっぱり優秀な編集者だぞ。渡辺編集長もこれで楽になるんじゃないか。

シマジ オギノ、おまえはホントに本が好きなんだね。おまえの若さであの男性ストリップの見開き写真を知っているとは、大したもんだ。今度、サロン・ド・シマジ本店でいまは閉鎖してしまったシングルモルトの蒸留所のポートエレンを飲ませてあげようか。

オギノ ホントですか。うれしいです。何のポートエレンですか。

シマジ おまえは生意気にもシングルモルトを売っていたから、騙せないな。よーし、ポートエレンのファーストを飲ませてあげるよ。

オギノ 本当ですか。凄い!編集者になってシマジさんの担当者になってよかったです。

シマジ 男の約束だ。いつにしようか。

オギノ いま年末進行で忙しいので、出来ましたら、新年早々がいいのですが。

立木 そうだ。オギノ、シマジに負けず図々しく行け。そうだ。新實さん、はじめてシマジとロスの取材旅行に行ったら、泊まったところが集英社のロス支局の部屋なんだ。それも並んでツインのベッドがあった。しかも毎朝、シマジが餅を焼いて海苔を巻いて喰わせてくれるんだが、さすがに3日も同じ餅ばかりだと飽きるでしょう。「シマジ、餅以外何かないのか」といったら、「タッチャン、おれはまったく飽きないな。朝はこれで我慢してよ。夜は豪勢に行くからさ」って、結局、まるまる2週間、餅ばかり喰わされたわけです。

BC新實 凄いお話ですね。男の友情を垣間見た感じがしますわ。

立木 それでおれは3キロも肥っちゃったの。

シマジ おれは4キロは肥ったかな。

立木 シマジ、そんなところで競争したってはじまらないよ。お陰さまで正月、うちで餅はもううんざりして一切れも喰えなかった。カミサンのやつがヘンな顔して「あなた、あんなにお餅が好きだったのにどうしたの」って訊かれたくらいだ。まさかおれにも沽券があるから、ロスでシマジに餅地獄責めにあったとはいえないから、「餅は最近どうも、もたれて仕方がない」なんてわけのわからない弁解をしてごまかしておいたがね。

BC新實 立木先生はロスの連続餅事件をどうして奥様にいえなかったのですか。

シマジ タッチャンにとって餅も浮気も同罪だったんでしょう。

立木 どさくさに紛れてバカなことをいうんじゃないの。新實さん、わざわざロスまで行って毎朝焼き餅ばかり喰わされたなんてなかなかカミサンにいえませんよ。それは新實です。おっと間違えた。真実ですよ。

BC新實 2週間も毎日お餅を食べたら、だれでもウンザリするでしょうね。シマジさんはお餅も海苔も日本から持って行かれたのですか。

立木 鋭い質問ですね。オギノ、この辺をちゃんと学んでおきなよ。

オギノ はい。

シマジ もちろんです。丹波の丸餅と最高の浅草海苔を大量に伊勢丹で買って持って行きました。支局に働く日本人にも振る舞ったのです。最初の1回はみんな喜んでくれましたが、それ以上「結構です」と断られましたがね。

BC新實 みなさんの気持ちがわかるような気がします。それにしてもシマジさんは大のお餅好きなんですね。

シマジ おれもさすがにあれから磯辺焼きは食傷気味だけど、いまでもお正月は野鴨のお雑煮を食べていますよ。

立木 それだったら毎朝でもおれだって喰ったろうな。

シマジ オギノ、じゃあ、ポートエレンのファーストと一緒に鴨雑煮をご馳走してあげようか。

オギノ いや、ぼくポートエレンだけで結構です。

シマジ オギノ、さっきおれが教えたSHISEIDO MENのつけ方の順番は覚えているか。

オギノ えっ、えーと。あんまり立木先生とシマジさんのお話が面白かったので、忘れてしまったかもしれません。えーと。まずこのクレンジングフォームで顔を洗いますよね。それからトーニングローションでしたっけ。その次にアクティブコンセントレイティッドセラムでしょう。そして続いていちばん高いスキンエンパワリングクリームで、最後のアイスーザーでしたよね。

BC新實 オギノさん。その通りです。よく出来ました。それにしてもシマジさんのお肌はしっとりモチモチしていますわね。

シマジ モチモチではなくムチムチじゃないですか。餅好きなのでモチモチの餅肌になってしまったのかな。

立木 シマジみたいな黒い餅肌はこの世に存在しないの。餅肌の美人という表現は、白くてなめらかでムッチリした女性のふくよかな顔のことをいうんだよ。ねえ、新實さん。

BC新實 そうでございましたわね。

オギノ でもそれから立木先生は何度もシマジさんと海外取材旅行にご一緒したのでしょう。

立木 行ったよ。でも餅は絶対に喰わせるな、という念書を取ってから旅立った。それからJALの飛行機のなかで、2人でビールを飲みながら一睡もしないで大はしゃぎしていたら、ついに従業員専用の席に隔離されて、しかもビールはもうありませんっていわれたことがあったねえ。

BC新實 やっぱりおふたりは気が合うんですよ。

立木 いやいやただの腐れ縁です。

オギノ シマジ語録に「何よりも尊いものは友情である」というのがありますが。

シマジ オギノ、おまえ、年内に広尾のサロン・ド・シマジにこいよ。こうなったらブラックボウモアを空けようか。

立木 シマジ、それはおれにも飲ませてくれ。

シマジ もちろんです。

BC新實 わたくしも参加してよろしいでしょうか。

シマジ えっ、わざわざ名古屋からいらっしゃるんですか。

BC新實 当然ですわ。美味しそうな名前ですわね。

立木 新實さんはいい勘しています。ブラックボウモアは1本50万円はするんですよ。シングルモルトのロマネコンティといわれているんです。

BC新實 シマジさん、お願いします。うちの主人が大のシングルモルト好きなんです。一緒に連れて行ってもよろしいでしょうか。

シマジ ・・・・・・・。

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