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第9回 リベラルタイム編集部 荻野暁仁氏 第4章 『ロマンティックな愚か者』の意味は?

<店主前曰>

オギノが編集している「リベラルタイム」の連載『ロマンティックな愚か者』のタイトルの出典をちゃんといい当てる人は少ない。この美しいレトリックは英国の冒険小説の大傑作、『鷲は舞い降りた』のジャック・ヒギンスの造語である。主人公のクルト・シュタイナーの生き方を語ったものである。簡単にいえば、愚かなことに命がけでロマンティックに生きる男のことをいう。
 驚いたことに本マニアの若いオギノは、「あれは『鷲が舞い降りた』から採ったんでしょう」と見事に見抜いた。いまでは早川文庫から刊行されている。伊勢丹のサロン・ド・シマジのブックコーナーでも売っている。ここには店主の全作品8冊をはじめ、店主の推薦の名著が並んでいる。この世には、読書の愉しさを知った人間と、テレビばかりみている人間の2つに分かれているようだ。店主は気がついたら、1週間もテレビをみないときがときどきある。同じ1時間を過ごすなら、愉しい本に浸りながら、過ごすほうが幸せなのである。オギノもどうやらそうらしい。だからロマンティックな愚か者の部類かもしれない。

シマジ 新實さんはご主人と一緒にシカゴに行って住むそうですね。

BC新實 はい。もうそろそろ出発する予定です。

オギノ 何年間の予定で行かれるんですか。

BC新實 3年間です。

シマジ シカゴは若いとき、出張でよく行ったね。

オギノ 立木先生と取材でですか。

シマジ いや、PLAYBOYの本社がシカゴにあったので、会議とか打ち合わせに行ったんだ。あそこの冬はミシガン湖から吹いてくる強風が冷たく寒いところですよ。

BC新實 そうらしいですね。

オギノ じゃあ、資生堂はお辞めになるんですか。

BC新實 いえいえ、3年後またBCとして現場に復帰します。

シマジ 資生堂はいい会社だね。

立木 せっかく教え込んだ新實さんの技術が、会社として勿体ないんじゃないか。

シマジ ところで、新實さん、冬と夏では男性といえど、肌のコンディションは違うんでしょうから、手入れの仕方が違ってくるんじゃないですか。

BC新實 そうです。冬は乾燥しますから、すべて多めにぬってください。それから冬は、最初につけるのは、トーニングローションよりハイドレーティングローションのほうをおすすめします。そのほうがお肌のバリア機能を保ち、活発なお肌を整えてくれます。

シマジ いいことを聞いたぞ。うちの店でもハイドレーティングのほうをすすめよう。夏よりも冬のほうが肌は傷むものでしょうね。

BC新實 そうです。冬の間にしっかりお手入れしていると、春先からコンディションは抜群によくなりますね。

立木 なるほど。寒肥が重要なんだ。よくむかしの人はいったものだ。寒いうちに畑に肥料を蒔いた農夫と、何もやらない農夫では芽の出方が違うという話を聞かされたものだ。だから若いときに勉強することは、寒肥を効かせることだって、母親によくいわれたねえ。

オギノ 寒肥って味のある言葉ですね。

シマジ いまの若者は知らない日本語かもね。死語になっているかもな。オギノ、いまいわれた通りに、冬の間、たっぷり使って4月ごろ、SHISEIDOの店頭に行って、チェックしてごらん。寒肥効果でグンと肌チェックが好成績になるかもしれないぞ。

オギノ SHISEIDO MENがなくなったら、どこに行って買えばいいんですか。

シマジ それは決まっているだろう。伊勢丹のサロン・ド・シマジにくれば、売るほど並んでいる。これは高級品だから、コンビニでは売っていないよ。

オギノ わかりました。シマジさんがいるときに買いに行きます。土、日、祭日、1時から8時までシェーカーを振っているんですよね。

シマジ そう、シェーカーを振りながら、何でもその場で売っているんだ。すべての商品はおれが愛しく使っているものだから、自信を持って売っているんだ。

立木 それにシングルモルトでいい気持ちにさせて、財布のひもは自然に緩んでくるわな。

シマジ それにおれ自身よく買ってしまうんだ。この間もペリカンのスケルトンの万年筆があまりにも美しいんで、買ってしまった。

オギノ シマジさんは素敵な革の万年筆入れをお持ちですよね。

シマジ ああ、くるくる巻くヤツね。これだろう。これは色違いで4種類売っているんだが、よく売れているね。万年筆は1本1本持つよりもこのように4本まとめて持っていたほうが格好いいし、なくさないものだよ。

BC新實 シマジさんはどんな万年筆をお持ちですか。

立木 新實さん、そんなシマジを喜ばせることを訊いたら、話は長くなるよ。シマジはそれを話したくってしょうがないんだ。この間なんて、おたくの福原さんに無理矢理みせて自慢しているんだぜ。

シマジ それはおれ以上に福原さんのほうが万年筆の名品をたくさんお持ちでしょう。おれが肌身離さず持って歩いているのは、まず70年ほど前のパーカーのビッグレッドというマッカーサーが愛用していたのと同型のものと、それからチャーチルが愛用していたコンウェイ・スチュワートとモンブランの419と、最近購入したペリカンのスケルトンですが。新實さん、みたいですか。

BC新實 はい。よろしければ、拝見したいですわ。

立木 ほらきた。またシマジの独演会がはじまるぞ。

シマジ 新實さん、あなたは万年筆をお持ちですか。

BC新實 ボールペンは持っていますが、万年筆は持っていません。
わたしたちの世代は万年筆を使いません。

シマジ だからどんどん文化は衰弱してきたのです。オギノ、おまえは編集者になったんだから、万年筆は持っているだろう。

オギノ スミマセン。ぼくも万年筆で字を書いたことがありません。

シマジ おれがはじめて万年筆で字を書いたのは小学校4年生のときだよ。たまたまNHKの全国作文コンクールで最高作に選ばれて、賞品としてもらったのが、セーラー万年筆だった。

オギノ 万年筆はどこで使えばいいんですか。

シマジ 手紙を書くのもよし、日記を書くのもよし、おれはいまシステム手帳は万年筆で書いている。そうだ。このアシュフォードのシステム手帳はスグレモノなんだ。ほら、ご覧。正方形のところが可愛いだろう。このナイルブルーのスマイソンの小さな手帳には付属のシャープペンシルでスケジュールを書き、それをアシュフォードの大きなスケジュール表に引き写すとき、おれは万年筆を使っている。いってみればスマイソンの手帳はおれの可愛い秘書なんだ。アシュフォードはおれの部長だ。そしておれは社長だ。この3人で仕事をやりくりしているんだよ。そうだ。このスマイソンもアシュフォードも伊勢丹のサロン・ド・シマジで買ったんだっけ。

立木 シマジは売るんじゃなくて、買うためにサロン・ド・シマジをはじめたみたいだな。

シマジ まったく。そうだ。オギノ、編集者になったんだから、万年筆の1本くらいは持つべきだよ。人は万年筆を使えるようになって、大人になるんだよ。

立木 おれたちの子供のときは入学卒業のお祝いはみんな万年筆だったよな。

シマジ 今度伊勢丹のサロン・ド・シマジにきたら、おれが選んでやるよ。おれが厳選した万年筆がズラリと並んでいる。

オギノ 高いんですか。

シマジ まあ、いい万年筆は最低5,6万円からかな。

オギノ へえ。5,6万円もするんですか。

シマジ 一生モンと思えば安いもんだ。おまえはいま27歳だろう。仮に80歳まで使うとして、万年筆が6万円したとしてだ。60000÷53=1132。1年で約1000円だ。月にしたら100円もしないことになる。

オギノ 買います、買います。ボーナスが出たら買います。

立木 シマジはこうして若者を脅迫して商品を売っているのか。

シマジ 人聞き悪いことをいわないでよ。おれが愛しく使っている万年筆の愉しさを教えてあげたいだけなんだ。いまたまたま持っている満寿屋のこの小さな便箋、きれいだろう。これに太字の万年筆で書くと味が出るんだぜ。オギノ、おれから取材した相手やお世話になった方に万年筆でサラサラと礼状を出しなさい。そうするといま27歳の日本の編集者たちのなかで、おまえはちゃんと生き残れる編集者になれるはずだ。メールばかり使っているようじゃ、凡庸な編集者で終わるね。

オギノ 買います、買います。貯金を下ろしてすぐ買います。

シマジ 人がやらないことをやってこそ、相手に印象づけることが出来るんだよ。

立木 現役のころのシマジなんか巻物に墨で書いていたんだぜ。

BC新實 へえ、お侍さんみたいですね。

立木 お侍さんか。それは面白いレトリックだ。シマジ、われわれの時代はもうどんどん消えて行く運命にあるんだね。

シマジ だから、おれはサロン・ド・シマジで古きよき文化を売っているんだよ。だんだんセンスのある若者はわかってくると思う。バカは一生万年筆と無縁で死んでいくだろうけどね。万年筆にはボールペンにはない味わいがある。一度使ってみるとその感触がたまらないものさ。万年筆をプレゼントしないいまの親たちもどうかしているよね。

立木 その親たちがすでに万年筆を持っていないんじゃないの。

シマジ オギノ、またインクがいいんだ。いろんな色があるけど、おれはパイロットの山栗を使っているんだ。これは今日おれが一筆啓上するだろう。2,3日にて相手に手紙が届くだろう。相手がみるころには黒いインクが少しセピア色に変化しているんだよ。

BC新實 素敵ですね。わたくしもシカゴに行く前に万年筆を1本買おうかしら。アメリカから絵はがきを出すとき、その山栗を使おうかしら。

シマジ 新實さん。ますますお洒落にみえますよ。万年筆は使っているとその人の書き癖が出てくるんです。だから、むかしの人は「女房と万年筆は人に貸すな」っていったものなんだよ。

立木 資生堂コードすれすれの会話だな。

シマジ 大丈夫。この間、福原さんの前でいったら、笑っておられたよ。

立木 新實さん。だからいったでしょう。シマジは万年筆の話になると独演会になってしまうって。

オギノ シマジさんは現役の編集者のころから、万年筆で原稿を書いていたのですか。

シマジ もちろん。いまじゃパソコンでおまえに送稿しているけど、ちょっと前までは200字の原稿用紙に書いた原稿をみながら、ポツリポツリとパソコンで一本指打法で打ってから、恐る恐る送稿したものだが、いまはやっと指と脳が同調したみたいだね。この間まではおれはどうやって講談社のセオに送稿することが出来ず、セオが会社に行く前におれの仕事場に立ち寄ってもらってセオのパソコンに自分で送稿してもらっていたんだぜ。

BC新實 やっぱりシマジさんはお侍さんみたいですね。

立木 お侍さんか。シマジ、そろそろ大団円にしていいんじゃないか。

BC新實 大団円って何ですか。

シマジ 終わりということです。今日は長時間ありがとうございました。気をつけて名古屋にお帰りください。シカゴからの万年筆で書いた絵はがきを待っていますね。

立木 シマジはまだ執念深く万年筆のことをいっている。

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